「人的資本経営」に企業はどう取り組むべきか あらためて考えるその重要性と、これから人事に期待されること
いま企業にとって「人的資本経営」が重要課題の一つとなっています。一方で「人事白書 2023」の調査結果を見ると「人的資本の情報開示に取り組んでいますか」という質問に対して「取り組んでいる」と答えた企業はわずか8.7%にしか過ぎません。一部を除いて、人的資本経営への取り組みがうまくいっていない企業が多いのが実状です。人的資本経営の取り組みが進まない背景には何があるのでしょうか。人的資本経営を実のあるものにするため、人事担当者が行うべきこととは何なのでしょうか。書籍『人的資本経営のマネジメント』の著者で、事業創造大学院大学事業創造研究科 教授の一守 靖さんに聞きました。
人的資本経営に関して、日本は世界をリードできる位置にある
――あらためて「人的資本経営」とはどういうものかをお聞かせください。なぜここへきて重要性や注目度が高まっているのでしょうか。 人的資本経営とは「人的資本」の価値を最大限に引き出し、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方のことです。 人的資本経営はもともと、労働経済学の理論で語られてきました。現在注目されている背景には、投資家が人的資本に注目していることがあります。企業には財務諸表だけでは見出せない価値があると、投資家たちが気づいたのです。こうした状況を見て政府が動き出し、経営者からの関心が高まったことで、人的資本経営が注目されるようになりました。 時系列でいえば2020年に、機関投資家からの人的資本開示要求の高まりを受け、米国証券取引員会が上場企業に対して人的資本の情報開示を義務付けると発表、11月から義務化しました。これが大きな契機となり、日本でも2020年に経済産業省がワーキンググループを設置して「人材版伊藤レポート」を発表します。 2021年には、2015年に金融庁と東京証券取引所が共同して発表していた「コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)」に、人的資本への投資を開示すべきという指針が追加されました。さらに2022年には金融庁のワーキンググループが、企業の有価証券報告書の記載事項に、男女間賃金格差、女性管理職比率、男性育児休業取得率などの項目を追加する報告案を採択します。そして経済産業省が「人材版伊藤レポート2.0」を発表。2023年に金融庁によって有価証券報告書への記載が義務付けられました。厚生労働省も、女性活躍の推進や育児介護休業法などの関連で同じテーマに取り組んでいます。このように各省庁が同じ方向に向かったことで、人的資本経営への注目度は急速に高まりました。 人的資本の開示は、いまから40年ほど前にスウェーデンやノルウェーなど北欧ではじまり、欧米に広がりました。アジアには20年遅れて2000年くらいに入ってきたので、2020年までは日本と欧米には大きな差がありましたが、日本で人的資本経営が急速に広まったことで、現在は日本が諸外国をリードできるポジションに来つつあります。 企業の人的資本に関する情報は投資家だけでなく、求職者や従業員にとっても関心の高いものです。今後は、企業の取引先からの関心も高くなっていくでしょう。