花咲徳栄を取材して/上 「中止」受け止め再始動 前例ない事態、いつか糧に /埼玉
<センバツ高校野球> 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて第92回選抜高校野球大会が中止になった。出場を決めていた花咲徳栄の選手らは既に練習を再開し、夏を見据えて始動している。5年連続で夏の埼玉大会を制した強さの原動力は何か。中止という事態を球児たちはどう受け止めたのか。取材を続けた記者が2回にわたり報告する。【平本絢子】 【動画】センバツ出場校、秋季大会熱闘の軌跡 13日午後。加須市の花咲徳栄グラウンドを訪れると、選手らがバッティングやノックなどの自主練習に励む姿があった。「甲子園の浜風、球場の形状、観客が選手を育てる。それが聖地を言われるゆえんだ。(中止は)悔しいというより、惜しい」。岩井隆監督は練習を見ながら、そう語った。 1月下旬から約2カ月間、取材のためグラウンドに通った。花咲徳栄には全国から選手が集まる。個人として成績を残しながら、チームとしても高みを目指すために、それぞれが葛藤している。「夏の連覇を止めたら先輩たちの恥になる」。選手の言葉からも厳しさがうかがえた。早春の凍える寒さの中、カメラのシャッターを切り、書きためた取材ノートは3冊になった。 選手らの取材にのめり込んだが、新型コロナウイルスを巡る状況は日に日に変わっていった。学校は3月2日から臨時休校となり、沖縄キャンプも中止。選手らは集中力を高めるため、ほぼ毎朝、約40分間座禅を組んだ。 4日に大会運営委員会が「無観客試合を前提に準備」との方針を示した。「練習から実戦だと思ってやる」「お客さんがいなくても甲子園は甲子園」。選手らは口をそろえ、士気の高まりを感じた。だが11日午後、センバツ中止が岩井監督から選手らに伝えられた。 「センバツから一度切り離して、人としての見識を広げたい」。岩井監督はその夜、当日の新聞に掲載された東日本大震災についての記事を選手らに見せた。12日朝にはセンバツ中止についての記事を読み、意見を出し合ってリポートを提出した。甲子園の歴史への思いや、野球ができていることへの感謝の言葉が多かったという。岩井監督は「こういう経験の中でいろいろな心が出来上がってくれれば」と思いやる。 13日に取材すると、選手からはより率直な声も聞かれた。「(センバツが)ないという実感がまだない。もう少し時間がかかると思う」。エースの高森陽生投手(2年)はそう話す。「正直、めちゃくちゃショックだった。無観客でもやりたかった」というのは、副主将の田村大哉選手(同)だ。 一方、選手らに聞くと「仕方ない」という受け止めも多かった。井上朋也主将(同)は「みんな思った以上に夏に切り替えられている」と言う。 選手らは笑顔を見せながらも、必死に現実に向き合おうとしているように見えた。前例のない事態に向き合った体験が、いつか成長の糧になってほしい。グラウンドで一冬の成長を見届けた記者として、そう願っている。=次回は17日掲載