親子関係にもあるバウンダリー(境界線)。親も子も「NO」を受け取る心の準備のために必要なこと
ここ数年で性教育への注目は高まってきており、「子どもに教えなくては」と思いつつも、そもそも自分が学んでいなかったり、教え方がわからなかったりする大人も少なくないと思います。一般社団法人ちゃぶ台返し女子アクションが制作した『性のモヤモヤをひっくり返す! ジェンダー・権利・性的同意26のワーク』(合同出版)は、中学生以上の子どもを対象にした性教育の本です。気軽に取り組めるワークも載っており、大人も一緒に学ぶことができます。同団体の出版チームである大友久代さん、戸谷知尋さん、中村茜さんに、暴力を見たときに傍観しないための方法や、自分と他人の間にある見えない境界線(バウンダリー)等について伺いました。 〈写真〉親子関係にもあるバウンダリー(境界線)。親も子も「NO」を受け取る心の準備のために必要なこと ■性暴力を防ぐための第三者介入 ――本書には性暴力を防ぐためにできることとして、第三者介入である「5つのD」が紹介されています。 大友久代さん(以下、大友):5つのDとは、Direct:直接介入する(加害者に直接アプローチをする)、Distract:注意をそらす(コップを落とす、関係のないことで話しかける等)、Delegate:第三者に助けを求める(店員や運営者などに頼んで介入してもらう)、Document:証拠を残す(録画する、文章で記録を残す等)、Delay:後から介入する(被害者に後から声をかける)、です。 証拠を残すときは、撮影した場合には被害者が映像をどうするかを決める権利があるため、必ず同意を取ってから活用する必要があります。 なぜ第三者介入が重要かといいますと、性暴力に限らず、いじめでも、加害者でも被害者でもなく、傍観している人たちが多いからです。傍観している人たちが一歩を踏み出して介入することで、加害が防げたり止めたりできるというのが基本的な考え方です。 ただ、「介入したら自分に暴力が向くかもしれない」と頭をよぎる人もいると思いますし、介入は怖いことです。まずは自分の安全を第一に確保してから介入することもポイントです。一方で、5つのDを見ると、様々な形での介入が可能なことがわかります。方法は一つではないので、自分のキャパシティに合った方法で介入することができます。 5つのDには含まれていませんが、差別的なことを言って笑わせようとする空気があったときに、自分は笑わないという抵抗も大きな力になると考えます。 戸谷知尋さん(以下、戸谷):私は身近な人から「自分は加害をしてしまったんじゃないか」という相談を受けたことがあったのですが、当時はどうしたらいいかわからなくて、ひたすら相手を責めてしまいました。本当はどうすればよかったのだろうと考え、当時はオーストラリアのシドニーにいたので、現地の性教育の冊子をたくさん見て知った内容が第三者介入です。 また、日本で痴かんを目撃することがたびたびあったのですが、どう対応したらいいかわからない怖さがあったり、友達から被害を聞いたときも、どう声かけたらいいかわからなくて、フラストレーションを抱えていました。 第三者介入を学ぶ中で、「性暴力を許さない」という意思表示を見せて、性暴力を一緒になくしていく力があることに気づきました。それからは「自分にできることをしていこう」と思っています。 とはいえ、知識があっても、実際の行動に移せるかは難しいと感じます。駅で盗撮している人を目の前で見つけたとき、思いっきり足音を立てて見ている人がいることをアピールすることしかできず、結局、加害者は走って逃げていきました。 「自分の安全を第一に考える」という点では、加害者が自分に暴力を向けてくる可能性だけでなく、加害の場面を見てショックを受けるということもあり、私はそういう気持ちも尊重するべきだと思っています。なので、無理してでもアクションを起こすのではなく、自分の気持ちを尊重したうえで、その時その場でできることをやっていければいいと思います。 ■親子にもある境界線(バウンダリー) ――本書ではバウンダリー(自分と他人の見えない境界線)についても取り上げています。親子関係ではどうバウンダリーを尊重していけばいいでしょうか。 戸谷:バウンダリーについては、自分の周りに見えないシャボン玉のようなものがあって、そこが自分の入ってほしくない領域で、自分が許せる、心地良いと思うかの境界線というイメージをしていただければと思います。 中村茜さん(以下、中村):本では性・体・気持ち・考え方・持ち物・時間・空間、と種類を分けてバウンダリーの説明をしています。もっと具体的に話すと、物の貸し借りや、ペットボトルの回し飲み、SNSのタグ付けや顔写真の掲載など、一人ひとり気にならないこと、相手によっては許せること、誰でも許せないことがあります。ジェンダーが切り口でお話しているものの日常生活や、家族でも友人でもカップルでも、様々な対人関係に関係するお話です。 私は子どもの頃に「自分がされて嫌なことは相手にしない」と言われて育ったのですが、性的同意を広める活動をする中で、それでは不十分だと気づきました。自分の嫌なことと、相手の嫌なことが一致しているわけではないため、相手が嫌かもしれないことも確認を取る必要があると思います。 家庭の中でいえば、バウンダリーを理解して尊重することは、「あなたを一人の人間として大切に思っている」というメッセージになります。例えば、子どもが怪我をしていて日常の動作が大変そうなとき、服の脱ぎ着を手伝うのは当たり前だと思うかもしれません。でも子どもの側は、まず手伝ってほしいかを聞いてほしいかもしれませんし、時間がかかっても自分でやりたいかもしれない。 もっと日常的なことですと、部屋を開けるときには必ず一言かけるとか、着替えや身体に何かができているか確認するときも、手伝っていい?見てもいい?と一言声をかけるなど。日常の子育てで一つ一つ確認する余裕がないときもあるとは思うのですが、小さなやり取りの積み重ねによって、子どもは「自分の意思は尊重してもらえる」という感覚が得られます。 ――これまでの日本社会では「親の言うことを聞くもの」という価値観が強く、親子間に心理的な境界線があることがあまり考えられてこなかったように感じます。ゆえに子どもから「NO」を言われ慣れていない大人も多いと思うのですが、どのように「NO」を受け取る心の準備をすればいいでしょうか? 中村:「NO」という言葉はあくまで、言動をやめてほしいという意思表示であって、あなた自身やこれまでの人間関係を否定するものではないということを強調したいです。大人側も、忙しい中でそこまで気が回らなかったり、良かれと思ってやっていた行動を拒否されてショックを受けたりすることもあると思います。気持ちが落ち着かないときは、信頼している人に相談してみたり、関連する本を読んでみたりすることができると思います。 戸谷:最近になって、性教育が学べる機会が増えてきたものの、今までの親世代は限られた情報にしか触れられなかったと思いますし、性教育の中でもコミュニケーションの話はなかなか学ぶ機会がなかったと思います。なので、親たちも子どもと一緒に学んでいくことも本書ではプッシュしています。 ■相手を尊重できるコミュニケーションができる社会へ ――性教育に関する活動を行っていて、世の中の変化を感じますか? 戸谷:私が性教育関連の活動を始めた2017年頃は、性教育に関する話をすること自体にハードルがありましたが、最近ではワークショップで「性的同意」という言葉を聞いたことがある人も増えてきました。少しずつ性について話すことが安全になっていると感じます。 一方で誰が取りこぼされているのかは気になるところです。一例を挙げると、一部の人たちによって、トランスジェンダーの人々を脅威的に扱うような言説が流されていますが、これらはトランスジェンダーの人々の生活実態を無視した排除的なものです。本書では、トランスジェンダーに関するページはもちろん、オールジェンダートイレに関する記述もありますし、おすすめの本も紹介しています。 ただ、知らないがゆえに差別発言をしてしまう人はいるので、ちゃぶ台返し女子アクションでも勉強会を行ったことはあります。一方で積極的に差別をする人は、私たちとは方向性が違うので一緒に活動できないことを伝えることもあります。 中村:最近、上の世代を中心に「コンプライアンスが厳しくて面倒な時代になった」という言い方がされているのを度々耳にします。 LGBTQ+への揶揄や性暴力への二次加害など、「面倒だからやめておこう」となるのと、「当事者が被害を受けたり傷ついたりしているからやめる」というのでは意味が異なります。 被害を受けたり傷ついたりしている人はいなかったわけではなく、今までも存在していたのに声をあげることが難しく、見えなかっただけです。可視化されたことは社会の転換のチャンスだとも思います。 今回、本を手に取ってくれた人の性教育に関する情報の受け取り方も、数年前とは変化していることを感じます。私が活動を始めた大学時代にはそこまで興味を持っていなかった人も、教員や保護者の立場になって、「性教育について知っておきたい」と話す人が増えました。「相手を尊重するコミュニケーションができる社会を作ろう」という動きに少しずつシフトしていることも見えます。 【プロフィール】 大友久代(おおとも・ひさよ) 2018年お茶の水女子大学人文科学科卒業後、 会社員として雑誌・書籍・ コーポレートツールなどの編集制作に従事。ちゃぶ台返し女子アクションでは、大学在学時に『セクシュアル・ コンセント・ハンドブック』ページ制作を一部担当。その後、性的同意ワークショップの改善プロジェクト、『性のモヤモヤをひっくり返す!ジェンダー・権利・ 性的同意26のワーク』(合同出版)の出版プロジェクトのページ編集制作に関わる。 戸谷知尋(とや・ちひろ) ちゃぶ台返し女子アクションのメンバーとして2017年に『セクシュアル・コンセント・ハンドブック』を共同制作。2018年から、慶應義塾大学のKeio Gender Collevtive/ Safe Campus および東京大学のTottoko Gender Movementで、キャンパスにおける性暴力の問題に取り組む。 2024年に出版された『性のモヤモヤをひっくり返す! ジェンダー・権利・性的同意26のワーク』(合同出版) の著者の一人。現在、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院人類学博士課程在籍中。 中村茜(なかむら・あかね) 創価大学でBeLive Sokaの立ち上げメンバーとして、性的同意啓発活動に取り組む。ちゃぶ台返し女子アクションでは、性的同意ワークショップの教材開発、「ちゃぶじょ・チェンジ・ リーダー・プログラム(CLP)」のプログラム設計、『性のモヤモヤをひっくり返す!ジェンダー・権利・ 性的同意26のワーク』(合同出版)の出版に関わる。コロンビア大学教育大学院修士課程修了。現在は国際NGOで教育、子どもの保護事業に従事。 ■ちゃぶ台返し女子アクションHP https://www.chabujo.com/ インタビュー・文/雪代すみれ
雪代すみれ