ドラマ『大奥』15話。子のために母は何ができるか。「例え化け物でも母は母じゃ」家斉のことばを受けた御台の諦めた表情が凄かった
「化け物」治済(仲間由紀恵)の目を欺いて人痘接種を復活させようとする11代将軍・家斉(中村蒼)。『大奥』15話を、ドラマを愛するライター・釣木文恵と、イラストレーターのオカヤイヅミが振り返ります。 【画像7枚】これまでの『大奥』をイラストで振り返る
女社会の中で男たちが力を取り戻す
子を殺そうとした母と、子を殺した女に復讐した母。15話は子にも孫にも愛情のない治済(仲間由紀恵)という大きな脅威を、子を愛する母たち、御台(蓮佛美沙子)とお志賀=滝沢(佐津川愛美)の思いが打ち倒した回だった。 14話終盤で黒木(玉置玲央)のもとへ向かった11代将軍・家斉(中村蒼)。人痘接種の復活に力を貸してほしいと頭を下げて思いを吐露した。 「今のままでは男は種付けしか能のないでくのぼうに甘んずるしかない。これでは何もできん。妻や子を守ることすらできんではないか」 子どもを何人も母に間引かれ、それをきっかけに御台も正気でなくなってしまった。妻や子を守れなかった家斉の叫び。 「助力を望むならまず関わった女どもの首をはねてこい。話はそれからだ」 と一度はつっぱねた黒木だが、その後周りの説得もあり、家斉の申し出を受け入れることに。黒木は天文方に付随する翻訳局務めという形で、治済の目を欺いて人痘の再開に向けて動き出す。 男将軍の世では権力を持たない大奥総取締・松方(前田公輝)も 「所詮男の人生は左様なものかと諦めておりましたが、上様のお言葉に不覚にも心を打たれ」 と、治済のために男たちを集めた奥を用意するという機転で治済の疑いの目をそらすことに成功。男たちが自分の手に力を取り戻すため、動き始めた。 「種つけしか能のないでくのぼう」「女どもの首をはねてこい」と、原作にはない強い物言いをする登場人物たち。時間の制約もあってドラマでは直接に描けない部分の積み重なった思いが、ワンシーンワンシーン、ひとつひとつのセリフに込められているということなのだろう。
復讐を果たした御台の家斉を諦める目
奥を与えられた治済は政から遠ざかり、その隙に赤面疱瘡にかかった熊を使った「熊痘」が成功、町で広まってゆく。 家斉は赤面疱瘡撲滅という目的のため、黒木の処遇や熊痘の広め方など、次々とアイディアを出す。その一方、治済は美男を自由にでき、美食を楽しめる地位にあって、結局彼らが苦しむ姿を見て楽しむという残虐かつワンパターンなことばかり繰り返す。人生で本当に心を満たすのは、きっと青沼や源内が言ったように誰かに「ありがとう」と言ってもらえることなのだろう。その喜びを知らず、人を陥れ、苦しめて命を奪う、その一瞬の興奮にだけ執着する治済が哀れに思えてくる。 やがて熊痘の件は治済の知るところとなり、呼び付けられた家斉は御台とともに毒を食べるよう促される。しかし家斉が毒入りの菓子を口にする直前、治済が倒れる。御台とお志賀が手を組んで治済に毒を盛っていたのだった。 「そなたは上様。そなたを裁ける者など誰もおらぬ。これではもう母がそなたを手にかけるしかのうなってしまった。せめてそなたの好きな甘いもので送ってやるゆえな」 「かわいそうにのう。御台はそなたと添うたがゆえに狂った」 毒入り菓子を勧める直前の、母の愛や御台への慈しみを訴えているようで、その実そんな気持ちは欠片もない治済の空虚なセリフ。息子を殺すことになんのためらいもない、彼女はまさに化け物だ。 彼女が血を吐いて倒れた瞬間「あーあー、畳を汚しちゃって」と思うくらいにはすっかりこの治済を憎んでいたのだけれど(仲間由紀恵の怪演のなせるわざ!)、化け物は無事退治されました、めでたしめでたし、とはならない。 「匙(御殿医)を呼ばせてくれ、だってまだ息がある。例え化け物でも母は母じゃ」 懇願する家斉に「あなたさまはそういうお方ですものね」と御台の目がすっと諦めをたたえる表情がすごかった。自分たちの命を賭して復讐しようとした相手を、「母だから」と助けようとする夫。しかし御台の息子は、そんなふうに母を思いやることさえできないうちに、退屈しのぎに殺されたのだ。原作ではその後、家斉と御台の仲は戻ることはなかったと書かれている。 にしても、一命を取り留めた治済がそれから16年生きたというしぶとさに慄く。そもそも少しずつ盛っていたという毒もあんまり効かなかったみたいだし……。けれど、この世の贅を極めた暮らしにさえ退屈を感じていた治済が、口もきけず体も動かせない16年間はどれだけ退屈だったことだろう。