パラドックス定数『諜報員』【中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界】
チラシとは観客が最初に目にする、その舞台への招待状のようなもの。小劇場から宝塚、2.5次元まで、幅広く演劇を見続けてきたフリーアナウンサーの中井美穂さんが気になるチラシを選び、それを生み出したアーティストやクリエイターへのインタビューを通じて、チラシと演劇との関係性を探ります。(ぴあアプリ「中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界」より転載) 【全ての画像】パラドックス定数『諜報員』チラシほか 白い空間にドアが並び、そのひとつが赤く塗られています。静謐で不穏な印象を受けるパラドックス定数『諜報員』のチラシ。ハードボイルドという言葉がふさわしい作品をいくつも生み出してきたこの劇団のチラシはどのように生み出されているのか、脚本・演出の野木萌葱さんと、制作のたけいけいこさんに聞きました。 中井 パラドックス定数にとって、チラシはどんな存在ですか? 野木 「チラシを見てもらいたい」という気持ちはありますね。動員に結びついてほしいけど、たとえ結びつかなくても、まずはこう(チラシを見る動作)してほしい。 中井 作品とのつながりどうこうよりも、まずチラシそのものを。 野木 はい。 中井 劇団のチラシは、決まった人がずっと作っていることが多いイメージですが、パラドックス定数の場合は? 野木 「やってみたいです」と声をかけてくれる方がいらっしゃるので、都度お願いしますという感じです。 たけい しばらく固定の時期もありました。 野木 最初の頃はデザイナーの方にお願いしていました。劇団員Nさん、Uさん、制作Aさんのときもあります。 中井 劇団員の中にできる人がいるわけですね! たけい はい。絵を描く人と、データをさわれる人と。 中井 過去の公演の中で、「これはよかった」というチラシは? 野木 『四兄弟』(2023)です。 中井 このチラシを見たとき、これまでのものと雰囲気がだいぶ違ったので「これ、本当にパラドックス定数のチラシだよね?」とびっくりしました。 野木 このイラストはたけいさんが描いてくれたものです。 中井 たけいさんが! たけい 最近は劇団員Uさんと私とでチラシの担当をしていて、作品のテイストによってどちらが作るかを決めています。私はデザインはできるけれど、画像を加工したりするところまではできないから、主に写真でいいときは私が。もうちょっと凝ったことがしたいときは劇団員がつくるというのがなんとなくのルーティーンです。で、この『四兄弟』のときは急に野木さんが「絵がいい」と言い出して、「何言ってるの?」と(笑)。 中井 なぜ急に? 野木 手を使ってほしい、人の手で絵を描いてほしい、と思ったんです。 たけい びっくりしました。「パラドックス定数でしょ?」と思いました。 中井 そうですよね。どういうオーダーでこの絵に? 野木 『四兄弟』は、ざっくりいうとソビエト連邦の歴史を童話のように四兄弟にして描いた作品なんですけれども、地球があって、4人の人間で喜怒哀楽とか、人間が絡んでいるものをのせてくれと。人間のかわいさ、不気味さ、どす黒さを描いてほしいと。失礼ながら、上手じゃなくていいから「ウエッ!」という感じで、と。 たけい オーダーのときに、そう言われました。 野木 力強いというか、悪く言えば「雑を恐れないでほしい」と。「書きかけ? なんなの?」という感じで。 中井 まさに「書きかけ? なんなの?」という感じがしますね。最初に見せたときの野木さんの感想は? たけい 野木さんは最初から「すごくいい」しか言いませんでした。 野木 「通じた!」と思いました。これはもうよくなるしかないと。 たけい 私は、パラドックス定数のチラシをつくるうえで「どこかに緊張感がありたい」と思っていて。ただやりすぎると怖いものになってしまうから、これをチラシ束の中で見つけたときに目をひくポップなものにしたいと、慣れないイラストアプリで遊びながら描いていきました。 中井 「遊びながら」は重要そうですね。だから色が全部ついていなかったり、少しずれていたり。裏面は? たけい 確か台本の冒頭か、もしくはキャッチコピーだけを読んでいて、お話がどういう方向になるのかさっぱり読めないまま作っていたんです。だから、裏面に敷く写真も大地がいいなと勝手に思っていたんですが、夢があるものがいいのか、これから終わっていくものがいいのかわからず、明るめと暗め、2種類の写真を用意して「どっちがいいですか?」と野木さんに聞いたら「暗い方が見やすい」と選ばれて。 野木 私はこの写真は単純に畑、農地だと思って見ていました。 中井 たしかにソビエト連邦の国土といえば大半が農地というイメージがあります。空の部分に文章が載るのが美しいですし。この文言は野木さんが? 野木 はい。長文コピー、短文コピーは考えます。どこにどう置くかはもうお任せです。