梅宮アンナ、乳がん発覚のきっかけは米国で暮らす娘「明らかに異常だから、すぐ病院に行った方がいいって」
病気を公表した理由についても明かす
乳がんで闘病中のタレント・梅宮アンナが、ハイヒール・リンゴからインタビューを受ける映像が6日、関西テレビ『旬感LIVEとれたてっ!』(月~金曜午後1時50分)で放送され、現在の思いを激白した。 【写真】ステージ3Aの乳がんをり患 ウイッグをとった梅宮アンナの姿 昨年11月に手術し、右胸を全摘した梅宮は、過去に何度も共演したリンゴに率直な心情を明かした。「この病気は疲れるって言われています」といい、「仕事もしているんで、変わらずできることはやって、忙しくしています。頭も体も」と話した。 昨年5月に異変を感じたという。「自分の体を鏡で見たら、あれ? っていうぐらい、右と左のおっぱいのサイズが違ってたんですよ。えっ? と思って。何でこんなに変わっちゃうの? 昨日の自分の胸と違うのって」と打ち明けると、リンゴは「24時間以内ってこと?」と驚いた。肯定した梅宮は「徐々にじゃないんですよね。明らかに昨日見た自分のおっぱいと違うんですよ。だから、“私の更年期障害ってこういうことなんだ”っていう感じだったんですよね」と明かした。 米国で暮らす娘に伝えたことが、病名発覚のきっかけとなった。「“大変、私おっぱいのサイズが違うの”って言ったら、“はあ?”って言われて。“ママ(胸の)写真撮ってよ”って言うんで、“ウソでしょう?”って言ったら、“見たい”って。撮って送ったんですよ。“これは明らかに異常だから、すぐ病院に行った方がいい”って言って、行きました」と説明。最終結果判明まで約1か月間かかったものの、昨年7月に「乳がん(浸潤性小葉がん)です」と告知を受け、ステージは3Aだったとした。 梅宮は「(医師に)“2種類の抗がん剤をやります。まず抗がん剤、半年です”って言われた時、一番ショックだったです。“半年もかかるんですか? 手術が先じゃないんですか?”って言ったら、“梅宮さんはがんが大きすぎちゃって取れない”って言われて。“半年間がんをたたいて、弱らせてから手術”って言われたときに、一刻も早く取ってほしいって思ったんですね」と明かした。父の故・梅宮辰夫さんの肺がん治療と同じ病院だという。 頭髪がなくなることがどうしても嫌だったという梅宮は「“治療しなかったら、先生、ぶっちゃけ死ぬの、私?”って聞いたんですよ。そうしたら、冷静に“それは分かりません。でも、治そうという気持ちが(あれば)治っていくからね”って言われて、“分かった”ってなって。唯一、髪の毛がなくなることを泣いてた時間が長かったですね」と明かした。覚悟を決めると、ウィッグ探しを始めたという。 梅宮は「前半の抗がん剤(治療)を、全部クリアした時に肺炎になっちゃったんで。あの時が一番“人生で、私は死ぬかも”と思ったんです。呼吸ができなくなって。マスクとかされて、結構な貧血状態だったんで。抗がん剤(治療)で。輸血とかってまでなって“私、死ぬのかな”と思って」と明かした。無事に乗り越え、「“手術、先にします”と。前半(の治療を)頑張ったんで」とがん細胞が小さくなり、11月に手術が決まったという。 女性の象徴とも言われる胸の全摘については「“私、さっさと切ってください”みたいな感じで。いらなかったんです。あんまり好きじゃないんですよ。おっぱい、自分の」と吐露。驚いたリンゴから再建(手術)について聞かれると、「再建も望んでなくって。私が例えば結婚前に言われてたらたぶん違ってたかなとは思うんですね。若いうちは子ども産んでとか、結婚というものがあるかも知れないけど。私はやり切った後だったから、何のために胸を残すかって言ったら“別にいらないよね”って思って」と言い切った。 あえて病気を公表したことについては「今まで30年、この世界にいて。思い返すと同じ仕事をやっていて。“ビューティー”とか“ファッション”とか。聞かれることが飽きてて、私やめようかなぐらい、ずっとここ数年、実は思ってたんですよ。(2019年に)父が亡くなったときにもね」と引退を考えていたと告白。 「(がんを)受け入れるのに10日ぐらいかかったんですよね」と泣いたり、悩んだと言うと、「次に先生に会ったときに“やっぱりちゃんと公表しようと思います”って。今までのお仕事はいいんですと。新しいがんの世界に入って、自分の経験したことを後に続く人たちのことを考えたら、“梅宮アンナが3Aなんだって。リンパにも転移してるんだって”っていうことをみんなが聞いたとき、“私はステージ2だもん。ステージ1だもん”っていう人が希望を持てたらいいなと思って」とがん闘病する仲間に対しての強い気持ちを明かした。 また元気になったときは、趣味の登山を再開させたいとした。
ENCOUNT編集部