2014年のテレビを振り返る(2)── NHKに走った“激震” 水島宏明
幹部が震え上がった“ある人事異動”
こうしたなか、10月にNHKの幹部や職員を震え上がらせる事件が起きました。 「週刊文春」(11月6日号)がくわしく報道していますが、海外向けの英語放送「NHKワールドTV」が9月26日の安倍首相の国連演説後の記者会見で生中継した時のことです。記者が従軍慰安婦について日本語で質問した際に同時通訳の英語の表現が「強制的にさせられた」という内容だったことが局内で問題になり、国際放送局の編集長2人が更迭され、総合編集長という最高職が新設されました。 この総合編集長が編集責任者を直立不動にさせて叱りつけたことなどがパワハラ問題として騒動になったと報じられていますが、この人物が籾井会長の側近の理事とは懇意な人物。この人事以降で幹部職員たちも戦々恐々としているのが実情です。 会長自身は自分のカラーを独自に出す、とか、なんらかの指示を具体的に出す、などということはしていません。そんなことをすれば、それこそ番組の中身に口を出した、ということになって大きな問題になるからです。そんなあからさまなことをせずに、幹部や職員たちが自ずと「察する」ように人事などを通して自分の意思を実現する。そんなことが進みつつあるのが今のNHKだと思います。 もちろん、セクションや番組などによって濃淡はありますし、「報道の自由」を守ろうと考える幹部たちも多い現状なので、ある程度明確な形で「籾井カラー」が出るとしたら、2015年以降かもしれません。 私が知る限り、これほど報道という分野で優秀な人材がそろって、資金も潤沢な報道組織はNHKの他にはありません。つい最近放送された「NHKスペシャル」の「メルトダウン 放射能“大量放出”の真相」も優れた番組でした。福島第一原発事故の後での放射能の大量放出はこれまでわかっていた期間よりも長期にわたっていたことや、その原因が大量放出を防ぐ切り札とされた「ベント」だったことや、事故当時は事態悪化を防ぐために行われた消防や自衛隊などによる放水が大量放出の原因になった可能性が高いことがこの番組でわかりました。 データを集めて、実験などで検証する。こうした時間をかけた検証報道は、他の組織ではとてもかないません。福島第一原発事故についてだけみても、3年以上たった今もNHKの報道でようやく明らかになる事実があるのです。 NHKにこうした検証報道を今後も地道に続けてもらうことは、国民全体の利益にもつながることです。それが曲げられることがないように、私たちは日々放送される番組のささやかな変化も見逃さず、ウォッチしていく必要があると思います。 ---------------- 水島宏明(みずしま ひろあき) 法政大学教授・元日本テレビ「NNNドキュメント」ディレクター。1957年生まれ。東大卒。札幌テレビで生活保護の矛盾を突くドキュメンタリー 『母さんが死んだ』や准看護婦制度の問題点を問う『天使の矛盾』を制作。ロンドン、ベルリン特派員を歴任。日本テレビで「NNNドキュメント」ディレクターと「ズームイン!」解説キャスターを兼務。『ネットカフェ難民』の名づけ親として貧困問題や環境・原子力のドキュメンタリーを制作。芸術選奨・文部科 学大臣賞受賞。2012年から法政大学社会学部教授。近著に『内側から見たテレビ』(朝日新書)。