聖地巡礼、萌え4コマ、踊ってみた……『涼宮ハルヒの憂鬱』と『らき☆すた』が生んだ数多のポップカルチャー
午前0時にカウントダウン発売された。9万人だった初詣客を30万人まで激増させた。谷川流のライトノベル「涼宮ハルヒ」シリーズと、美水かがみの漫画『らき☆すた』(共にKADOKAWA刊)が成し遂げた偉業の一部だ。2024年3月に埼玉県所沢市のところざわさくらタウンで、この2作品が20周年を迎えたことを記念するイベント『SOS☆感謝祭~祝20周年!!大いに原作に思いを馳せる「涼宮ハルヒの憂鬱」と「らき☆すた」の感謝祭~』が開催。当時のポップカルチャー界における賑わいを思い出させてくれそうだ。 2011年の5月24日から25日へと日付が変わる時間に、東京・秋葉原でカウントダウンイベントが開かれた。PCのOS「ウィンドウズ98」がリリースされた時などに、こうした日付をまたいでの発売イベントが行われた街だが、この日行われたのはライトノベル『涼宮ハルヒの驚愕』の最速発売イベントだった。 51万3000セットに達した『涼宮ハルヒの驚愕』 の発行部数は、ライトノベルではこれ以前もこれ以後も存在しない。イベントの実施も含めて、ライトノベルの賑わいがピークに達した瞬間とも言えた。今も、川原礫『ソードアート・オンライン』や伏瀬『転生したらスライムだった件』といった、数千万部を売るライトノベル作品が幾つも出て出版文化を引っ張っているが、社会現象になるほど知れ渡ったタイトルというと、やはり「涼宮ハルヒ」シリーズが頭ひとつ抜けている。 第8回スニーカー大賞で〈大賞〉を獲得して2003年6月に刊行された『涼宮ハルヒの憂鬱』は、突拍子もない言動を見せる涼宮ハルヒという女子高生の周りに、本物の宇宙人や未来人や超能力者が集まりながらも、ハルヒ本人だけがその事を知らず、ある種の特異点のような立場で不思議な事件を巻き起こしていくストーリーが評判となって、SF好きの関心を集めた。 活発なハルヒや寡黙な長門有希、愛くるしい未来人の朝比奈みくるといったキャラクターへの支持も増え、「このライトノベルがすごい!」の2005年版で1位を獲得するほどの人気作品となった。そして2006年、京都アニメーションによるTVアニメ化がトドメとなって人気が爆発。一続きのエピソードの途中に別のエピソードを挟み込むシャッフル放送や、キャラクターたちが歌いながら踊るエンディングアニメといったフックを散りばめ、アニメファンの関心も引きつけたことで、大きくマーケットを広げた。 そしてここから、現在に繋がるポップカルチャーが生まれた。例えば、京都アニメーションというアニメ制作会社のブランド力が一気に高まった。それまでも、『フルメタル・パニック?ふもっふ』や『AIR』といった作品でクオリティの高さを見せていたが、『涼宮ハルヒの憂鬱』を通して実力が知れ渡り、2007年の『らき☆すた』放送時も京アニ作品なら面白いに違いないといった確信をアニメファンに与え、ヒットの下地を作った。 学校を舞台に、生徒たちがガヤガヤとした日常を凄くタイプのライトノベル作品も、葵せきな『生徒会の一存』を始めとして幾つも登場してきた。竹宮ゆゆこ『とらドラ!』や片山憲太郎『紅』、鎌池和馬『とある魔術の禁書目録』といったライトノベル作品が続々とアニメ化されるようになった背景にも、「涼宮ハルヒ」シリーズのブームを起点としたライトノベル人気があったからなのかもしれない。今はそれが、「なろう系」と言われるネット発のライトノベル作品のアニメ化となって、TVを賑わせている。 『らき☆すた』は『らき☆すた』で、様々なブームの発端となった。その最たるものが、「聖地巡礼」と呼ばれる、アニメや漫画、ライトノベルといった作品の舞台を訪ねるファン活動だ。 『らき☆すた』に登場する、柊かがみと柊つかさの姉妹の父親は鷹宮神社の宮司という設定で、この鷹宮神社のモデルが今は久喜市となった鷲宮町にある鷲宮神社だったことから、2007年のアニメ放送以降、現地を参拝に訪れる人が急増した。2007年の正月三ヶ日は9万人だった参拝客が、アニメ放送後の2008年には一気に30万人まで増え、ピーク時には47万人に達した。 こうしたアニメファンの来訪を現地も歓待。鷲宮神社の鳥居前にある大酉茶屋を始め近隣の店がグッズを置いてファンをもてなし、地元の商工会も積極的にファンを喜ばせようとする活動を行った。結果、ファンの方も居心地が良いからを足繁く通うようになる好循環が、一過性には終わらない盛り上がりを呼んで地域経済にも貢献した。 この様子を見た地方の市町村でも、アニメ作品とのコラボレーションに乗るようになっていく。『あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない』では埼玉県秩父市、『ガールズ&パンツァー』では茨城県大洗町がアニメ聖地としてファンを受け入れ、ファンも通うようになって現在に至るまで衰えない賑わいを見せている。 少女たちが集まって日常会話や部活動を繰り広げる様子を、4コマ漫画形式で描いていく”萌え4コマ"と呼ばれるタイプの作品が話題となり、アニメ化されて超人気作になっていく動きも、『らき☆すた』のTVアニメ化あたりから、どんどんと強まっていった。 前例に『よつばと!』のあずまきよひこによる『あずまんが大王』があるが、どちらかといえばシュールな面白さで注目を集めた『あずまんが大王』と比べると、『らき☆すた』は泉こなたのオタクにありがちな言動と、他のキャラクターの愛らしい日常のどちらも支持され、漫画として人気を獲得しアニメも評判となった。以後、蒼樹うめ『ひだまりスケッチ』や黒田bb『Aチャンネル』といった作品が漫画からアニメとなっていった。 その延長にあるのが、かきふらい原作の『けいおん!』だ。『涼宮ハルヒの憂鬱』や『らき☆すた』と同じ京都アニメーションがアニメ化を担当。リアリティたっぷりにアニメで再現された楽器の演奏シーンと、ストーリーの面白さでリアルにはガールズバンドのブームを作り、アニメ業界的には『BanG Dream!』や『ぼっち・ざ・ろっく!』といったバンドものを生み出していく。この源流を、TVアニメでハルヒがバンド活動を行う様を描いた「ライブアライブ」のエピソードに求めるとしたら、『涼宮ハルヒの憂鬱』が残したものの大きさも改めて分かる。 さらに、この『涼宮ハルヒの憂鬱』のエンディングと、『らき☆すた』のオープニングでキャラクターたちをダンスさせたアニメ映像を真似て、2006年にローンチされた「ニコニコ動画」の中でダンスを披露する人たちが現れた。これが、ネットという新しいメディアを使って自分を表現することを促し、YouTuberなりVTuberの登場へと繋がっていったとしたら、『涼宮ハルヒの憂鬱』や『らき☆すた』は、現在のポップカルチャー状況の源流を作ったとも言える。ハルヒたちに楽器を弾かせ、ハルヒやこなたたちを踊らせた人は、富野由悠季監督のように文化功労者として表彰されてもおかしくはない。 今、同じように10年後、20年後のポップカルチャーに多大な影響を与えるライトノベルや漫画やアニメ作品があるとしたらどれだろう。『涼宮ハルヒの憂鬱』と『らき☆すた』の20周年を祝いつつ、そんなことを考えてみたくなる。
タニグチリウイチ