仏浜(3月11日)
救いを授けてくれそうな地名なのだが…。その日、住む人は思わず天を仰ぎ、嘆息を漏らしたことだろう。揺れにおののき、津波にのまれる街をぼう然と眺めつつ▼富岡町沿岸部の「仏浜」。1182(寿永元)年の時化[しけ]の日、一艘[そう]の船が打ち上げられた。薬師如来像を抱えた僧侶が船底にいた。流刑の果てという。地名の由来は「仏が流れ着いた浜」との説もある。陽光に恵まれた場所だ。鉄道が通って駅ができ、周辺に住宅が立ち並んだ。穏やかな日常が奪われるとは、一体だれが想像したか▼立ちすくみ、立ち上がって13年。地域に新たな息吹が次々と芽生えている。広野町につながる浜街道には、海風を受けて自転車をこぐ姿。ブドウが実り、鮮やかな葉の緑が映える。今夏、駅近くに醸造所が誕生する。「古里がここまで戻ってきた」の声。町の再生を象徴する風景に目を細めて味わう地ワインは、至極の一杯になる▼かの僧侶は廃寺に腰を据えた。遭難の危機を乗り越え、移った先に新たな信仰を生んだに違いない。時を超え、800年余の祈りが浜に満ちる。立ち昇る朝日にきょう11日、あらためて誓う。災禍をはねのけ、安寧な暮らしを築き続けますと。<2024・3・11>