阿部サダヲが体現する、愛情に飢えた人物が生み出す“悪”
『ふくすけ』は松尾スズキの作・演出で1991年に悪人会議プロデュースとして初演の後に再演を重ね、今回は12年ぶり4度目の上演だ。サブタイトルを“歌舞伎町黙示録”と題して台本をリニューアルし、物語の主軸となるフクスケが入院する病院の警備員コオロギを阿部サダヲが演じる。今なお色褪せない本作の魅力について聞いた 阿部サダヲ インタビューフォトギャラリー
■時代を越えた人間の本質を届ける 話題作となったドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS系)では、1986年からコンプライアンスに縛られた令和へとタイムスリップしてやってきた昭和のダメおやじ・小川市郎役を演じ、注目を浴びた阿部サダヲ。アメリカの英字紙『ニューヨーク・タイムズ』にもこの番組を取り上げた「A Show That Makes Young Japanese Pine for the ‘Inappropriate’ 1980’s(日本の若者に“不適切”な1980年代を懐かしがらせる番組)」と題した記事が掲載され、その中で阿部は“性格俳優”と紹介されている。この言葉の通り、小川市郎というシングルファーザーをはじめ、さまざまなキャラクターを表現してきた彼が次に挑むのは、松尾スズキの伝説の作品『ふくすけ2024-歌舞伎町黙示録-』。本作には2度出演してフクスケ役を経験しているが、今回はコオロギ役として登場する。まずはこれまでの『ふくすけ』を振り返ってもらった。 阿部サダヲ(以下阿部): 最初に『ふくすけ』に出演したのは28歳のときでした。フクスケは初演では温水(洋一)さんが演じられた役で、松尾(スズキ)さんが温水さんをイメージして当て書きされているところがあったらしく、それが結構プレッシャーだったことを覚えています。当時から話題作だったということもあって、やりづらいという思いもありました。 そして、“悪”もまた人の姿であることを描いたこの傑作戯曲は台本が一新され、主軸が阿部の演じるコオロギとその妻サカエに移った。コオロギは、とある病院の怪しい警備員。この人物を通して、“悪”というものをどのように捉えているのだろうか。 阿部: 人間の“悪”というものが、どこから湧いて出てくるものなのかは、よくわかりませんが、コオロギという人は、意外と愛情に飢えている人なのだと思います。自分が愛されないからといってカッとなって犯してしまう罪もあるじゃないですか。ふとしたことに裏切られたような感情が出てきてしまうのでしょう。生い立ちが複雑だとか、愛されずに育った子どもとか、現代にも通じる境遇の人たち。98年に書かれた作品ですが、今も古くはなく、むしろ作品が時代を超えているところがあるのですごいと思います。 ■新しいキャストが見出した気づき 阿部が『ふくすけ』を初めて観劇したときにこのコオロギを演じていたのは松尾スズキで、「すごい役だな、いつかやってみたいな!」という思いを抱いたそうで、その夢が間もなく実現する。これまでの松尾との作品づくりには何を感じてきたのだろうか。 阿部: 最初に松尾さんに会った頃からそうなのですが、松尾さんが描いた作品には、登場人物のそれぞれが“主役”になるシーンがあるんです。自分がメインになることで生かされている感覚があって、そこにすごさを感じます。最近はちょっとずつ変わってきていて、松尾さんの演劇好きの思いが強まっているのではないかなと思います。 演出も細かくなっている印象がありますし、今回は三味線の演奏なども取り入れています。思い入れがある作品だからこそ、今回は変えていきたいんでしょうね。 稽古では、一つ大きな気づきがありました。コオロギが妻のサカエにある絵を見せるシーンがあるんですが、フクスケ役の岸井ゆきのさんから「サカエは目が見えないんですよね?」って指摘されたんです。何十年も演じてきて、見せろと言われていたから見せていました。だから「あ、そうだね。見えないけど、見てたんだな」と。考えもしませんでしたが、岸井さんの視点が新しいなと感じました。 今回は歌舞伎町ということにも考えがあるのだと思います。「THEATER MILANO-Za」は初めての劇場なので、どんな感じなのか早く見てみたいですね。そういえば中村屋が歌舞伎町のその劇場で歌舞伎を演ったときに、ホストに扮した写真がラッピングされた宣伝トラックが話題になっていたけれど、あれ、すごく面白かったです。僕もやってみたかった!(笑)。 ■性に合った”俳優”という仕事 フランクな会話からは、阿部のユーモラスな一面が伝わってくる。今度は舞台という一つの空間で、その魅力を発揮するのだろうが、彼自身にとって、舞台に立つことにはどんな意味があると感じているのだろうか。 阿部: 舞台作品に出ることは自分の体に合っている気がするんですよね。毎日同じ時間で終わるし、2,3時間で終わるのって、とても気持ちがいいです。僕は芝居をしている時がとても楽なんです。人の書いた台詞を言えばいいので! プレゼンとか、契約のような大人の仕事をするのがとても苦手なので、それができる人はすごいと思います。脚本に書かれている人物や台詞と向き合うのは、好きですが、それは自分じゃないから楽なのだと思います。だから、俳優を選んだのは“当たり”だった気がしますね。就職したこともありましたが、これだけ続いているって自分ではないものになれるというところが合っているんでしょう。 芝居を通して自分ではないものを見せてくれていると聞くと、素の阿部サダヲがますます知りたくなった。何をしているときがワクワクするのか、大切にしている言葉はあるのか、さらに与えられた自分の時間では何をするのか、3つの問いかけをしてみた。 阿部: 僕は計画を立てないのが好きで、あてがない散歩やドライブをしているときがワクワクしているかもしれません。だからナビとかは使わないんです。家族と歩いていても、僕だけ遠回りしているらしいです。絶対僕の歩く道のほうが近いと思ってるんだけどな(笑)。同じ道は行かずに、探しながら歩くのが楽しいのかな。稽古場に来る時も、いろんな道を通っていくんですが、急いでいると、なぜか渋谷に戻ってしまうときもありますね(笑)。 座右の銘のような大切にしている言葉はないですが、今回のコオロギの台詞で言えば、「まあ、いっか」という言葉があって、大体何をやっていても「まあ、いっか」って思っていますね。うまくできなかった、まあいっかということなのかもしれない。突き詰めるタイプではないのでしょうね。 自分の時間は、自由に動いている時だから、散歩をして道に迷うとか、テレビを見ている時でしょうか。美味しいお店を探すのも良いですね。みなさん、美味しいお店は好きでしょ? 共演している俳優の方たちが、そういう話をよくしています。トウモロコシは電子レンジで温めるのがいいとか、茹でたほうがいいとか、ずっとしゃべっているんですよ。でもそういうのを盗み聞きするのも好きかもしれないな(笑)。 俳優たちの会話を阿部が静かに傍で聞いている光景が目に浮かんでくる。そうした稽古で積み重ねた時間も、次の幕が開いたときに観客を魅力する演技の原動力の一つになっているのかもしれない。 阿部サダヲ(ABE SADAWO) 千葉県生まれ。1992年より「大人計画」に参加。同年、舞台『冬の皮』でデビュー。大人計画の舞台以外にも『シダの群れ』『髑髏城の七人 season鳥』などに主演。2019年大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』では主人公の“田畑政治”を熱演。2021年の舞台NODA・MAP番外公演「THE BEE」にて読売演劇大賞優秀男優賞、2023年の映画「シャイロックの子供たち」にて日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。 ヘアメイク/中山知美 スタイリスト/チヨ BY SHION YAMASHITA