前田エマ、韓国カルチャーに惹かれる理由「伝統と現代を軽やかにつなげる感覚は新鮮」
韓国・ソウルに昨年留学したモデルの前田エマ氏が、その滞在中に訪ね歩いたお店や出会った人々を紹介する『アニョハセヨ韓国』(三栄)。食、アート、映画、音楽、古道具や骨董品など、幅広いジャンルを横断的に掲載。洗練された文章と写真でその魅力を伝えている。なぜ、前田氏は韓国のカルチャーに惹かれたのだろうか。現地の人々とかかわって感じたこととは。本書執筆の裏側についてじっくり話を聞いた。(篠原諄也) 【写真】歩道橋の上にたたずむ、前田エマ氏ポートレイト ーー本書はこれまでにないような韓国カルチャーの紹介本になっていますね。 前田:私より下の世代の子たちにとって、韓国といえばアイドルやドラマ、流行りのカフェやお洋服、美容やコスメ、整形などに関心があって、渡韓するイメージがあると思います。今回はそういう角度とは少し違う、シックだけれど、ものすごく大人の韓国というわけでもない、その中間を抜き出したような感じに仕上がりました。大人の方も若い方にも「こういう文化があったんだ」と、韓国の色を感じてもらえたらと思います。 ーー前田さんが韓国のカルチャーに興味を持ったのは2020年だったそうでした。 前田:2020年、日本で第4次韓流ブームが起こった年でした。もともと韓国のカルチャーが好きだった人もいると思いますが、この年は特にドラマ「愛の不時着」「梨泰院クラス」、映画「パラサイト」、BTSの曲「Dynamite」などが大ヒットしました。ちょうどコロナ禍が始まった年だったので、私も家で韓国のエンタメ作品を見始めて。韓国が国をあげて高め磨いてきたカルチャーがパッと世界的に花が開いた瞬間が、ちょうどステイホームの時期と重なり、私もまんまと「なんて面白いんだろう」と夢中になりました。 ーー特にどういうところに関心を持ちましたか。 前田:日本ではアイドルの政治的な発言はタブーですが、世界的なトップアイドル・BTSがそういった内容に言及しているということにすごく興味を持ちました。BTSの音楽を聴き始めたときに、「Ma City」という曲に光州事件のことが出てきたんです。光州事件というのは、1980年に韓国の光州で民主化を求める運動が起こり、それに対して軍事政権が武力弾圧をした歴史です。一般の人々が立ち上がり、子どもを含んだ多くの人々が虐殺された。そういう歴史について、アイドルが歌うというのが衝撃でした。 他にも2014年のセウォル号沈没事故(客船セウォル号が沈没し、修学旅行生など多くの人々が亡くなった)がテーマだと言われている曲(「Spring Day」)もありました。BTSははっきりと名言はしてないんですけど、MVの内容や被害遺族の方々に寄付していることを考えると、そのことについて歌っていることは一目瞭然でした。 さらに歴史を調べていくと、韓国の人たちは自分たちで声を上げて、連帯して社会を変えてきたという歴史的な事実を知りました。自分たちが抱える社会への不満に対して、意見を言って行動するんですね。デモやストライキが日常的に行われているんです。そういう部分が日本とは全然違って、なんでこんなに行動力があるんだろうと。そこに一番惹かれて、韓国に行って自分の目で見てみたいと思いました。 ーー今回の本ではどのようなお店や人を取り上げましたか。 前田:韓国はトレンドの移り変わりが激しくて、半年で潰れてしまう店もよく目にします。でも私がいろんなお店に行って感じたのは、昔からある文化の奥深さでした。人生の大先輩が営む店も魅力的な一方、若い世代の人たちが外国に留学したりしたり、別の分野の仕事を経験した後に、ご両親がやっていたお店を引き継いで、今の感性で新しいことをやろうとしたりしている。 例えば、韓国の伝統菓子をコース料理で出す「1994 SEOUL」。店主はまだ20代の若い男性です。もともとはご両親がお餅屋さんをやっていて、小さい頃からそれを見てきたけれど自分は継がないだろうと思っていたそうです。でも大学でデザインを学んだ後に食の世界に関心を持ち、卒業後には韓食(韓国料理・朝鮮料理)を教える師匠のもとで修行されました。その中で「餅に対するイメージを変えたい」という思いが芽生え、自分の店を持つことに決めたそうです。 そのように新しくすることに対しての躊躇のなさ、フットワークの軽さがすごく新鮮に映りました。このアクションの速さは、それまであまり日本では感じたことがありませんでした。 ーー昔からの伝統的な文化を引き継ぎながら、新しいことをやろうとしていると。 前田:そうですね。韓国のガイドブックをつくる人たちからよく聞くのは、取材時は人気店でも刊行のタイミングでお店が閉店しているということがよくあるそうです。なので今回は、これからも残っていくだろうと思うお店を選んだつもりです。 この本の取材では、年配の方から若者まで、色々な方に人生のお話を聞きました。年配の方たちがやっているお店でも、私の目にはすごく新しく映ることがありました。たくさんの若手のアーティストにも話を聞きました。セラミックアーティストのHairy Birdboxさん、タトゥーアーティストのDIKIさん、そしてイラストレーターのダンシングスネイルさんなど、ポップな韓国カルチャーも紹介しました。 ーーいろんなアーティストや職人の方とお話をして、どのように感じましたか。 前田:韓国の昔からあるものを受け継いでいるアーティストの他にも、韓国と外国のものを混ぜて扱うお店、日本人夫婦が営むお店など、韓国と世界を軽やかにつなげて考えている人たちにたくさん会えたのがすごく嬉しい出会いでした。それぞれがいろんなきっかけで、今の仕事にたどり着いている。そういう経験をしたからこそ、新しく見える世界がある。お話を聞けてすごく面白かったですね。 ーー本書では韓国関連の書籍を紹介していますね。韓国の文芸シーンを見て何か思うことはありますか。 前田:私は、ものすごく詳しいわけではないですけれど、韓国では詩が生活に根付いていることを生活する中でも実感しました。日本ではそもそも、詩人の名前を知っている人の数が少ないと思いますが、韓国の若者は好きな詩人がいて、詩集を恋人や友人たちと送りあったり、SNSでシェアしたりしているんです。そんな詩との距離感の近さについてもコラムを書きました。 あと、韓国の文学作品では、ストレスフルな社会の中で人々がどう立ち直ったり、自分を受け入れていけていくのかを描いている作品が多いんですね。今回インタビューをしたイラストレーターのダンシングスネイルさん(著書『怠けてるのではなく、充電中です。』などベストセラー多数)は、ご自身のメンタルヘルスの問題をきちんと語りながら、そうした経験を踏まえて作品をつくっている。実際に疲弊され傷ついた方から、韓国の社会についてご自身の温度感でお話を聞けたことも貴重な体験になりました。 ーー韓国のメンタルヘルスにまつわる本は日本でもベストセラーになっていますね。 前田:ドラマや小説、音楽でも、そういう部分に寄り添う作品が多いですよね。なんでこんなに多いのだろうと思っていたんですけど、ストレスフルな社会的背景があって自分を鼓舞しないといけない状況があるということはすごく感じました。 ーー前田さんは今後も韓国に通いますか。 前田:そうですね。この本で伝えたかったのは、カルチャーというものは、その先に人がいるということでした。「BTSの曲がいいな」と思った先には、BTSという人たちがいる。「この本、素晴らしいな」と思った先には、著者や編集者、読者がいる。同じように、韓国に行ったら、そこに人がいる。今回の本では、そんな「人」についての話を書きたかったんです。韓国の友人たちからは、特別な用事がなくて、今でもよく「今何している?」と連絡がきたりするんですよ。そういう人たちにまた会いに行きたいですね。
篠原諄也