公開から15年、木村多江×リリー・フランキー×橋口亮輔が映画『ぐるりのこと。』を語る「見返すといまだに苦しく息ができなくなる」
CS放送「衛星劇場」では現在、橋口亮輔監督デビュー30周年を記念して橋口監督の作品を一挙放送中。さらに、2008年に公開され、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞をはじめ、数々の映画賞を受賞した名作『ぐるりのこと。』から15年たった今、メガホンをとった橋口監督、主演の木村多江、リリー・フランキーが、衛星劇場で12月29日(金)に放送される番組『「ぐるりのこと。」製作15周年記念 木村多江×リリー・フランキー×橋口亮輔 特別座談会』収録のために集合。今回は、撮影の裏話をはじめ、懐かしいトークを展開した収録をレポートすると共に、番組終了後、3人に新たな野望について話を聞いた。 【写真】映画「ぐるりのこと。」に出演した当時の木村多江とリリー・フランキー ■木村多江&リリー・フランキーの最強コンビが誕生するまで 映画『ぐるりのこと。』でタッグを組んだ、橋口監督、木村、リリー・フランキーの3人が揃って始まった座談会。橋口監督が、3人で会うのは2017年に小豆島で開催されたトークイベント「喋楽苦2」以来と切り出すが、リリーが「銀座で、3人で飯を食ったよね。それは小豆島の後じゃなかったっけ」とすぐに訂正すると「みんな歳をとっているから、なにも正解が見つからないね」と15年の歳月が流れていることをしみじみ語る。確かに、橋口監督は61歳、リリーも11月に還暦を迎えた。 それでも、『ぐるりのこと。』についてのトークは、鮮明に覚えている3人。まずは本作の主人公であるカナオと翔子のオファー理由について。橋口監督は「当時リリーさんと言えば、『東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~』が大ベストセラーとなって、時の人になっていたんです。その前に少しお知り合いになっていて、家に遊びにいったりしていたのですが、本を読んで、カナオがここにいるって思ったんです」とインスピレーションが湧いたという。 しかし、当時リリーに演技経験がほとんどないことを心配した橋口監督は、リリーが初めて演技をしたという石井輝男監督の映画『盲獣vs一寸法師』を観たというと「これはダメだ」と1度は諦めたという。それでもカナオはリリーしかいないと感じた橋口監督はリリーにオファー。しかしリリーからの返事は3カ月間なかったという。 ようやくOKの返事が来て、次に翔子役を考えたとき、木村はプロデューサー陣の候補の1人に挙がっていたらしい。ただ橋口監督は「まだピンときていなかった」と正直に話すと、当時連続ドラマになっていた『白い巨塔』でガンを宣告される製薬会社のOL役を演じている木村を観て「告知され泣き崩れるシーンが衝撃で、こんな泣き方する女優さんがいるんだ」と決断したと語った。 だが、主人公の2人が決まったと思った矢先、木村は他の作品が入っていたため、年末に押さえていたリリーのスケジュールが来年に持ち越しになってしまうというアクシデントが発生。実際、翌年海外に行くスケジュールが組まれていたというリリーだが、「スケジュールは気にしなくていいです」という本人の言葉によって、作品が動き出したというエピソードが語られた。 ■毎日12時間、伝説の1週間リハーサル 『ぐるりのこと。』ができるまでの話で欠かせないのがクランクイン前に行われた1週間のリハーサル。毎日12時間ほどびっしりと行われた。 リリーは「当時は芝居の経験があまりなかったから、リハーサルはどんな映画でもあると思っていたんだけれど、後にも先にもリハーサルをやったのは『ぐるりのこと。』だけだった」と語ると、橋口監督も「あの映画は特別だった。1週間かけて12時間もやるなんて、今だったら絶対無理」と笑う。 リハーサルを行った理由について、橋口監督は劇中象徴的な場面である「台風の2日間のシーンを撮るためのリハーサルだった」と語る。とにかくワンカットの長回しのシーンのために、徹底的にリハーサルを繰り返したことで、非常に大変なシーンもストレスなく撮影ができたという。 エチュードのように見えるような自然なシーンだが、すべてはリハーサルでしっかり体にしみこませ、セリフも台本通りだという。そんななか、唯一リリーがアドリブとして入れたのが、木村演じる翔子が泣いたとき、鼻の頭をカナオがなめるシーンだったという。橋口監督は「あのとき僕は『アドリブしやがった』って心臓が飛び出るぐらいで見ていた」と証言する。 しかしそんなリリーの渾身のアドリブはフランスの名匠トラン・アン・ユン監督に刺さったようで橋口監督は「すばらしかった。あの瞬間にあの2人は本物の夫婦になった」とユン監督が絶賛していたことを明かしていた。 木村も「夫婦の10年間を描いた物語ですが、リハーサルでその前の10年をやれたことが大きかった。この作品を境に、役作りも演じる役の前を考えるようになった」と撮影前のリハーサルが大きかったことを明かすと、リリーも「このリハーサルをやったことで、小説を書く際も主人公が登場する前の出来事や成り立ちをしっかり作り上げるようになった。とても勉強になった時間でした」と感謝していた。 ■リリー&木村にとって人生が変わった作品 伝説のリハーサルを経て撮影された作品。映画が公開されると大きな反響を呼び、数々の映画賞を受賞。それは海外にまで波及した。リリーは「来年日本で公開になる日英合作映画『コットンテール』の監督のパトリック・ディキンソンが、ものすごく『ぐるりのこと。』に影響を受けていて、僕の奥さん役を絶対に多江ちゃんがいいって。ロンドンで撮影するはずだったのに、多江ちゃんのスケジュールが合わないから、スタッフを連れて日本に来たぐらい。それぐらいこの映画に影響を受けている人がいるんです」とエピソードを披露した。 今年は『ぐるりのこと。』公開から15年。リリーは改めて「あの撮影の2カ月ほど濃厚で勉強になる時間はなかった」と振り返ると、木村も「人生が変わりました。それまで芸能人じゃありません…という感じだったのに、女優さんという枠に入れられて、ちょっと窮屈になったのを覚えています」と環境の変化があったことを明かす。 リリーは「まだリハーサルをやる前から、橋口さんは多江ちゃんに『アカデミー賞最優秀主演女優賞を獲らせます』って言っていたんですよね」と語ると、木村は「『ぐるりのこと。』がきっかけで大きく変わったし、この映画をやってカナオみたいな人になりたいと思ったんです。芸能界にいると裏切られたと思うこといっぱいあるじゃないですか。そうすると人付き合いに消極的になってしまうのですが『でもいいじゃん、手を離したいときに離せばいいし、助けてって言われたら手を差し伸べる自分でいたい』と思ったし、自分の弱いところも吐き出して初めて役者なんだとも思えた」と俳優としても大きなターニングポイントになった作品だったと断言していた。 リリーも「いいものを作るための方法って1つしかない。丁寧に思いを込めて愚直にやるしかない。それを思い出させてくれる出会いでした」と笑うと、木村も「本当にやってよかった作品です」としみじみ語っていた。 ■木村多江「いまだに苦しくて息ができなくなる感覚になる」 思い入れたっぷりの座談会直後の3人に直撃。収録の感想を聞いた。 ――同志のような関係性に感じましたが、橋口監督は、『ぐるりのこと。』の後のリリーさん、木村さん活躍はどう感じていたのですか? 橋口監督:2人とも活躍しているなと思って拝見していますよ。本当にリリーさんも多江ちゃんもドラマに映画に引っ張りだこですからね。でも人気者になっていますが、2人とも変わらないです。多江ちゃんも自然体で「私女優よ!」なんて感じも一切なく、普通にお話してくださいますしね。本当に一緒に戦ってきた同士みたいな感じがあります。 木村:いつ会っても変わらずにお話しできる関係性ですよね。今日も久々にお会いして「全然変わっていないな」ってうれしくなりました。 ――15年前の作品の話ですが、細部に渡って鮮明に記憶されているのに驚きました。やはりリリーさん、木村さんにとっても忘れられない作品なんですね。 木村:この映画をやるまでは、なんか自分の居場所ってあるのかな…という思いがあったのですが、「ここが私の居場所だ」って思える場所ができた感じがします。いつでも帰れる場所があるんだと。改めて今日感じました。 リリー:『ぐるりのこと。』の撮影をしているときの記憶とか、この作品の存在って、仕事の感覚でもないし。もしあの時間がなかったら、物事の考え方がカサカサになっていたような。「こうやればこういう風に人に伝わるんだ」ってことを現場で見せてもらったような感覚が強いですね。集中できずにやっているものは、その程度のモノになってしまうし、自分にコミットできたものは、言葉が通じない人にも伝わるんだと、身をもって体験できた時間でしたね。 木村:本当にあの撮影のヒリヒリ感とか、映像を見返すと蘇ってくるんです。いまだに苦しくて息ができなくなる感覚になることもあるんです。 リリー:世の中ではそれをトラウマと呼ぶんですよ(笑)。 木村:トラウマじゃないですけれど(笑)。でもそれぐらい心の奥底が揺さぶられて仕事をしたんだと思います。『ぐるりのこと。』に出会う前は、そこまで自分を見せたくなかったし、揺さぶられたくないから守ってきたと思うんです。でも守らないことの強さを学べた気がします。 ――座談会でもお話ありましたが、出演者がいま活躍されている俳優さんたちばかりで、本当に豪華でした。 リリー:本当に15年たって、いろいろなところでいろいろな役者さんがお芝居していますが、「この間、山中崇さんが『ダウンタウンDX』出ていました」とか聞くと、なんか同じ劇団の出身の人みたいな、身内のような目線で見ちゃうんですよね、先輩でも。あの時間を共有している人だって。 ――その意味では、カナオと翔子のその後もそうですが、寺島進さん演じる勝利と、安藤玉恵さん演じる雅子の夫婦とか、続きが見たくなってしまいます。 リリー:人形劇でもいいからやってほしいよね。 木村:やってほしいです。 橋口監督:当時『ぐるりのこと。』を観て結婚したとか、子供を作りましたという人が結構多かったんですよ。少子化に貢献した作品なんですよね。でも本当にそういう声を聞くと、続編やりたいですよね。 リリー:日本も高齢化ですから、カナオと翔子の15年後、20年後を知りたいですよね。 橋口監督:1993年からの約10年間の話を描いていたから、いまの2人を描きたいよね。倍賞美津子さんもまだお元気にやってらっしゃるし、またお仕事ご一緒したいです。 木村:そうですね。早くやりたいです。 リリー:ぜひ実現したいですよね。 ◆取材・文/磯部正和