念願の入団も“愕然”「プロじゃないですよ」 逃げ隠れる選手…ロッカーに響く「ガラッ」
ロッカーのドアの音は2軍通告の知らせ…「休みなしが当たり前」の日々
プロは実力の世界だ。川崎球場内には、ロッカー室が3つあった。「レギュラーの野手組、ピッチャー組、そして“その他諸々”です。僕も最初の頃は、その他諸々のロッカーでした」。選手間の位置付けが明確に仕切られていた。 「その他諸々」組は、試合後の“音”に敏感だった。「コーチがロッカーのドアを『ガラッ』と開けると、誰かがファームに落とされるんです。選手に通告するために入って来たという事です。だからドアが開いた瞬間、みんなサッと慌てて隠れるんですよ。2軍行きを聞かされたくないので。隠れても無駄なのに」。生き残りを懸けた緊張感はプロの厳しさを教えてくれた。 初芝氏の1年目の記憶は、練習漬けの日々に尽きる。「入団してオールスターが開催される期間までは1日も休みがなかったですね。遠征先に移動しても、そこで練習。ビジターから帰ってきても、必ず川崎球場で練習でした。でも、それが当たり前だと思ってやってましたね」。ルーキーながら70試合に出場し、7本塁打を放った。 川崎球場は1991年シーズン限りで、ロッテの本拠地の役割を終えた。現在は改修され、別競技の競技場となっている。 何だか遠い夢物語のように思える原点の場所。「もう川崎球場を知っている人も、そんなにいない時代なんですね」。初芝氏はかみ締めるように呟いた。
西村大輔 / Taisuke Nishimura