【私の視点】 花と散ったシンワル氏 永遠のレジスタンス
アルモーメン・アブドーラ
10月半ばに、パレスチナ人抵抗勢力「ハマス」の最高指導者で英雄的存在であるヤヒヤ・シンワル氏がイスラエル軍に殺害された。イスラエル軍は、殺害される直前のシンワル氏だとするドローン(無人機)による映像を公開した。
イスラエル軍は、ドローンを飛ばし、民家を盾にしながら攻撃している人物を特定しようとしていた。ドローンの映像では、複数の重傷を負った状態でソファのようなものに倒れている人物が確認された。そして、向かってきたドローンをたたき落そうとして、最後の力を振り絞って手に持ったつえを投げ込んだ。残忍なイスラエル軍との戦闘に命をささげ、抵抗と闘争の輝かしい存在の最期だった。 偶然にもたらされた今回のシンワル氏殺害事件に関する詳細な情報が順次公表されている。現場になったのは数カ月にわたって激戦が続くガザ地区のラファ市で、パレスチナ住民の多くの命がイスラエル軍に奪われ続けている場所である。 シンボルを失ったハマスは混乱するというイスラエルの狙いとは裏腹に、アラブやイスラム世界の各地ではシンワル氏の名誉ある戦いぶりが絶賛され、民族自決権による解放闘争の歴史に永遠に残る人物となった。一方、欧米や日本のメディアは、アラブやイスラム諸国で広がる「シンワル旋風」を無視し、シンワル氏がレジスタンス(抵抗者)としてではなく、テロリストとして殺害されたとニセの報道を続けている。 シンワル氏は、77年にわたって理不尽な占領下に置かれているパレスチナを解放するために、国連憲章が保証する民族自決権に基づいて、自ら武器を手に取り、命を張って勇ましく戦い、そして花と散った。 「花と散る」──死を表現する慣用句としてのこの表現は、「人が潔く死ぬ、戦死する」の意味で用いられることが多い。戦場で命の尽きた戦士が崩れ落ちる瞬間のイメージと、最後は美しく花びらを散らす桜の姿が重ね合わされている。この種の表現は特に戦前の日本人の感性に合致してきたものだが、何だかアラブ人の感性にも通じるところがある。 『ラストサムライ』という2003年公開の映画がある。この作品は何度も見ているが、苦しみをこらえた瞳の奥にひらひらと散る桜の花びらが映し出され、人生の最期の瞬間を迎えて死んでいくという主人公のシーンは、日本人の死に対する感性の一端を浮かび上がらせる。イスラエル軍の銃弾に倒れるシンワル氏は、まさに「花と散る」かのように気高さやすがすがしさを感じさせる勇ましいレジスタンスだった。
【Profile】
アルモーメン・アブドーラ 東海大学国際学部教授。エジプト・カイロ生まれ。在日歴28年以上。学習院大学大学院人文科学研究科で学び、博士号を取得。NHKや外務省などで通訳としての長いキャリアを持つ。著書に『地図が読めないアラブ人、道を聞けない日本人』(小学館)、「アラビア語が面白いほど身に付く本」(KADOKAWA)、「足して2で割れない日本とアラブ世界~深層文化のアプローチ~」(デザインエッグ)など。