地区優勝し、美酒を浴びせる大谷（代表撮影）

＜Letter from Nobu＞ 　ドジャース大谷翔平投手（30）が、初の地区優勝を飾った。メジャー7年目。斎藤庸裕（のぶひろ、通称NOBU）記者は、その初年度から、年間で平均130試合ほど（コロナ禍を除く）、大谷が出場した872試合のうち約700試合以上を取材してきた。長年、不世出のヒーローを追って全米を駆け回る中で、大谷とともに変わる社会に何を感じたのか。米国現地では、米メディアを含めて最も多くの試合を見守ってきた目撃者。敬意を込め、手紙として思いをしたためた。 　　　　◇　　　◇　　　◇　　 　数々の偉業を目にしながら、もはや表現の仕方が分からない。メジャーリーグのスター選手たちもよく、言葉を失う。裏を返せば、それは最大の敬意でもある。記者はジャーナリズムを意識し、時に熱狂とはなるべく距離を置き、冷静に物事を捉えることを心がける。公平公正に、状況次第で批判的な視点を持つ必要もある。だが、そんな型にはまった建前論を、ショウヘイ・オオタニは超越した。 　過去6年間、今年も含め、大谷自身や周りでいろんなことが起きた。あえて振り返るつもりはない。強調したいのは、大谷が人々の生きる社会を変えていること。 　7月中旬、米国中南部ヒューストンの地元メディアでインターンとして働く21歳の学生に会った。「オオタニについて書きたい。話を聞かせて欲しい」。記者席の隣から突然、声をかけられた。ジャーナリズム専攻の大学4年生で、今後は大学院に進学予定。卒業論文では大谷をテーマにすることを検討中だという。 　シーズン前、欧州フランスの老舗スポーツ雑誌「レキップ」の記者から取材依頼の連絡を受けた。米国北中部ミルウォーキーでは、バーで見知らぬ人から声をかけられ、大谷の取材を続けていると明かすと、一緒に写真を撮って欲しいと頼まれた。 　地元LAの高速道路を車で運転していれば、巨大な大谷の広告が出現する。自宅の近所にリニューアルオープンしたスポーツバーでは、背番号17のOHTANIのユニホームが飾られている。盗塁を決めれば「何個目だ？　53？　54？　すごいな」と興奮する客同士の会話。自然と耳にし、誇らしく感じる。 　8年前、サンディエゴ州立大学の大学院で、スポーツビジネスを学んだ。30人のクラスメートを前に、大谷に関するプレゼンテーションを行う機会があった。「日本のスター選手がアメリカに来る」。下手な英語で懸命に伝えたが、当時はさほど目立った反応はなかったように思う。だが、大谷の歴史的活躍の度に、今でも米国人の同期数人から連絡が来る。取材記者としてずっと追い続けていることを伝えるといつも、こんな言葉を返してくれる。「I’m proud of you（あなたを誇らしく思う）」。 　大谷は、LAで生きる記者に力をくれた。家族と離れ、時に1人ぼっちになる。うまくいかず、苦しい時もある。だが、大谷翔平の歴史的なパフォーマンスを見たい。それがいつも、立ち上がる原動力となった。記者自身に限らず、大勢の人がそう感じていることだろうと想像する。未曽有の自然災害、世界各地で起きている戦争や犯罪…。さまざまな状況で困難と立ち向かう人がいる。そんな中、大谷のパフォーマンスは、純粋な熱狂と笑顔を生む。 　今年4月初め、元通訳・水原一平氏の一件で揺れていた頃、クラブハウスの入り口付近でスマートフォンを眺めていた記者の背後から歩いてきた大谷は「邪魔ですよ」と言った。その言葉だけで通り過ぎていたとしたら、「しまった、申し訳ない」と思ったかもしれない。だが、大谷は振り返りながら笑っていた。自分自身が眠れない夜を過ごし、本来のプレーが出来ていなかった時期だ。にもかかわらず、そんな苦しさを感じさせなかった。むしろ、周囲を安心させていた。 　「優勝に欠かせなかったと言われる存在になりたい」。ドジャース入団会見で力を込めた言葉が忘れられない。有言実行。右肘のリハビリと並行し、重圧と闘い、苦難を乗り越え、人々の暮らしに光を照らした。驚異的なパフォーマンスはもちろん、その生き方に改めてリスペクトを示したい。