『夜明けのすべて』三宅唱監督のティーチインをロングレポート!松村北斗&上白石萌音に絶大な信頼感「彼らでなければ、身近に感じられる映画にはならなかった」
松村北斗と上白石萌音がダブル主演を務める映画『夜明けのすべて』(2月9日公開)のティーチイン付き試写会が1月29日に神楽座で開催され、三宅唱監督登壇。上映後の会場から次々と手が上がるなか、三宅監督がたっぷりと質問に回答。松村と上白石に寄せる信頼や、本作に込めた想いを明かした。 【写真を見る】熱心に質問する観客が続出!ティーチインイベントの様子 「そして、バトンは渡された」で2019年本屋大賞を受賞した瀬尾まいこの同名小説を『ケイコ 目を澄ませて』(22)を手掛けた三宅監督が映画化した本作。パニック障害を抱え無気力に毎日を過ごしている山添くん(松村)と、月に一度、PMS(月経前症候群)でイライラが抑えられなくなる藤沢さん(上白石)が交流し、少しずつお互いの殻を溶かし合っていく姿を描く。 ※本記事は、ストーリーの展開に触れる記述を含みます。 上映後の会場に感動の余韻が漂うなか、大きな拍手で迎えられた三宅監督は「今日のようなやり取りを楽しみにしていました。どんな質問でもOKなので、なんでも聞いてください」と笑顔。ネタバレOKで、あらゆる問いが三宅監督に投げかけられた。まず最初に、本作の構成について「映画全体としてのバランスについて、監督のお考えがあったら教えてください」との質問が上がった。 三宅監督は「瀬尾さんの書かれた小説を映画化していくにあたって、いろいろな問いが浮かんだ。まず一つには、『なぜこの会社はこんなにもステキなんだろう』という問いがあった」と山添くん藤沢さんが勤める会社「栗田科学」について触れ、「小説のなかには、かつて“24時間働けますかモード”で働いているなかで、社長があることを経験してしまった。それをきっかけに、利益を追い求めて、自分たちの健康を犠牲にして働くのではなく、違う働き方を模索しようという過程があったからこそ、山添くん藤沢さんが出会う、こういった場所が生まれたという背景があった。小説を読んで、そのように僕は受け止めました。他の社員たちも、生まれた時からあんなに優しくて、周りをケアできる人たちだったわけではない。それぞれのキャラクターに背景や、歴史があって、人生において癒えない傷がある。『二度とそういうことを繰り返したくない』というところから、周りの人たちの目線がある。それが重要なので、映画のなかではもう少しそれを多少強調して描く形をとりました」と丁寧に解きほぐしながら、「栗田科学」やキャラクターについて掘り下げていったと説明。 その過程では、各キャラクターのプロフィールを用意したそうで「画面に映る人、ほぼ全員のプロフィールを作っています。喫茶店の店員さんや、会社に出入りしている宅急便の人とかにもプロフィールがある」とどこまでも血の通ったキャラクターを登場させているという。 また聴覚障害の女性がプロボクサーとしてリングに立つ姿を描いた前作『ケイコ 目を澄ませて』、そして本作と、「障害や病気を抱えた主人公を描く映画に取り組もうと思われたきっかけは?」とテーマ性について質問が上がると、三宅監督は「僕は(前作の主人公)ケイコさんが耳が聴こえないから取り組んだわけでもなく、本作でも主人公たちがパニック障害やPMSだから取り組んだわけでもない」とキッパリ。ケイコ、山添くん、藤沢さんに「ポジティブな魅力を感じた。自分もそうありたいな、かっこいいな、ステキだなと思えるところを感じた」からだといい、「藤沢さんで言うならば、相手がパニック障害だと知ったら、『じゃあ、なにかできることがあるんじゃないか』『こうしてみよう』と小さなアクションを起こしていく。そういったことをできるのがステキだなと思う。さらにその起こしたアクションが決していつも正解ではない。家まで行っちゃうとか、場合によってはちょっと間違っているんじゃないかと思うようなところもある(笑)。そういったところにもチャーミングさを感じる」とキャラクターに愛情を傾けた。 役者陣の熱演を称える声も多かったが、「原作も読んでいて、すごく楽しみにしていた。雑誌やインスタライブも拝見していて、役者の方々が(現場で)和気あいあいとお話していたと聞きました。映画からも温かい雰囲気が伝わってきて、こちらも心がほっこりした」と感想を語った観客は、撮影現場での役者とのエピソードについて質問。 「いろいろな話をしていた」と切りだした三宅監督は、「もちろん基本的には役の話。いまから撮るシーンの雰囲気に合う題材。次のシーンがシリアスだった場合に、くだらない話はできない」と目尻を下げつつ、「部屋のなかで、2人がおかしを食べながらおしゃべりをしているシーンなどはなんでも話した方がいいと思っていたので、いろいろな話をした」と述懐。「印象深いのは、山添くんが会社のなかで発作を起こしてしまう場面。非常に辛いシーン。撮影をしていて、監督が泣いたり笑ったりするのはあまりよくないと思っていて、心を動かさないようにして撮っているんですが、そのシーンは非常に辛かった。切羽詰まった顔をしていたのか、平西役の足立智充さんがそっと寄ってきて、無言で肩に手を置いてくれたんです。主演の2人、他の俳優たち、スタッフたちも、(周囲が)いまどういう感じで働いているのかなと、ちゃんと見守っている現場だった」と撮影現場自体が劇中の「栗田科学」のように、思いやりにあふれた空間になっていたと話した。 さらに「主演の2人の自然な演技が印象的。松村さんのクールな感じなど、『職場にこういう人、いるよな』とリアルに感じた」と惚れ惚れとしたという観客が「それは役者さんの役作りによるものなのか。監督の演出によるものなのか」と尋ねると、三宅監督は「99.8パーセントくらいは、彼ら2人の演技によるのではないでしょうか」とにっこり。「2人とも事前に、役についての研究を丁寧にやっていただいた。準備すればするほど、悩みや不安は出てくるはずなので、そこについて最後は一緒に相談をさせてもらう」と松村と上白石の真摯な役への向き合い方に敬意を表し、「あの2人でなければ、このように自然な、身近に感じられるような映画にはならなかったと思います」と力を込めた。 原作も読み込み、細かいシーンについて気になっていることを三宅監督に投げかける人もたくさん見受けられるなど、作品愛に満ちた熱気あふれるティーチインとなったこの日。「全員の質問に答えたい」と三宅監督も前のめりになっていたのが印象的だ。「山添くんの恋人が、ロンドンに行くというシーン。別れを明確に描かなかったのは意図的にそうしたのですか?」という問いかけには、「『ロンドンに行く』と聞いた、(山添くんを演じる)松村くんの顔。言葉こそ少ないですが、その無言の顔で十分、彼の頭のなかにはいろいろなものがあるということが映った。『よし、これで行けるだろう』と思った。言葉ではない演技によって、そういったことも可能になった」とここでも役者への信頼を口にした。 「舞台が、プラネタリウムと関連している。その理由は?」という質問もあった。本作の脚本準備中に「たまたま旅先でプラネタリウムに行く機会があった。心が洗われて、気持ちが伸び伸びとしていった」という三宅監督。「その感覚が、『夜明けのすべて』の2人が感じている温かい気持ちとリンクするなと思った」と直感したそうで、「映画館もプラネタリウムにちょっと似ている。映画館で映画を観ることと、登場人物のいるプラネタリウムが重なることで、また一つすばらしい映画体験になってほしいという想いがあった。瀬尾さんに提案させていただいたところ、大きな器で快諾していただいた」と感謝しきりだ。 続いて「原作だと“過去”として描かれていたことが、映画だと“現在”のこととして描かれている場面があった。そうすることで、痛みが生々しく、苦しいものに感じられた。“現在”として表現したのはなぜでしょうか?」との疑問に、三宅監督は「小説では、時間軸が過去や未来に飛んだとしても、読んでいる時は現在のこととして読める。それが小説のおもしろさ。映画だとどうしても『ここから回想シーン』という言い訳が必要になる」と小説と映画の違いについてコメント。「それによって温度や鮮度が損なわれて、山添くんの苦しみが見えなくなるのはもったいないなと思った」と解説した。 さらに「夕日の映像が大好き。ロケ地を選ぶ決め手は?」とロケーションに関心を向けられると、三宅監督は「本作は、11、12月という、日本の季節で言うと、一番光がきれいな季節に撮れるすばらしいタイミングだった。しかも16ミリフィルムで撮れる。ロケハンでは、光の向きも気にしていました」と口火を切りつつ、「生きていると、今日は調子が悪いとか、悩んでいてテンションが上がらないという時も多々ある。そういう時でも『遊歩道に鳥がいる、蝶々がいる!』とか、そういったことで救われることもある。そういう反応ができるようなものはあるかなということも、気にしています」と心が動くような瞬間も探しているとのこと。 「天気にこだわっていた」というポイントについても尋ねられ、「“悲しい時に雨が降り、気持ちいい時に晴れる”という、ある意味、お決まりの表現も間違ってはいない。そういった表現もやる」と天気での感情表現について話した三宅監督。「ただ実際は、楽しい気持ちの時にも雨が降るし、悲しい時にも晴れたりする。それくらい自分たちの心と天気は、まったく無関係に存在しているものでもあると思うんです。極端に心理の説明だけではなく、どこか(人間の心とは)無関係に存在する光や影も捉えたいなと思っていました」と胸の内を明かした。 ロケーションや天気にもこだわりつつ、登場人物の感情、人間の触れ合いを映しだした本作は、16ミリフィルムで撮影が行われた。三宅監督はその意図について「『ケイコ 目を澄ませて』でやってみて、本当におもしろかった。贅沢をさせてもらった。また贅沢したいなと思った」と笑顔で回答。「またいつかやれたらなと思っていたんですが、今回の原作の世界観と、16ミリフィルムのタッチがマッチすると思ったので、チャレンジできました」とうれしい機会になったと語る。 残念ながら終了の時間となり、最後の質問は「主人公が自転車を漕ぐシーンが好き。『ケイコ 目を澄ませて』で、主人公がシャドウボクシングをしたりダンスをするシーンも好き。それは、主人公が“前進する”というシーンになると思う。そういったシーンを盛り込む意図を教えてください」というもの。三宅監督は「そもそも、そういった前進しようとする人物に惹かれて、題材として映画化したいと思っているところが大きいと思います」とうなずき、「今回で言えば、山添くんが自転車に乗って前へと漕いでいるところを『見たい』と思って撮っている。あのシーンは、天気にこだわった場面でもあって。映画のなかで流れている時間としては短く見えますが、4日くらいに分けて撮っています。それくらい力を込めて撮りたかった場面です」と撮影秘話も披露していた。 取材・文/成田おり枝