【大島幸久の伝統芸能】 初代萬壽、美しい老け役を
◆歌舞伎座「六月大歌舞伎」(24日千秋楽) こんなに嬉(うれ)しそうに芝居をする彼を見るのは久しぶりな気がした。彼とは、長男・中村梅枝(36)に6代目の名前を託し、自身は初代萬壽を名乗る5代目時蔵(69)である。さらに孫の大晴(ひろはる、8)が梅枝となり3代同時襲名のおめでたい公演だ。 息子と孫の襲名が嬉しいのは当然だろう。が、それ以上に思えたのは43年間と長く名跡を守り抜いた重圧、責任感から解放された要因が大きいのだろう。それにしても萬壽とは“渋い”。 昼の「妹背山婦女庭訓」で2人の娘に好かれる二枚目の求女を演じ、夜の披露狂言「山姥」で山姥。足柄山の山奥に住むこの母親は後に坂田金時となる怪童丸を育てている。求女では花道から苧環(おだまき)を回して本舞台へ移る姿が若々しい美青年。品のある色気が溢(あふ)れていた。 時蔵家は萬壽の父4代目、本人、そして新時蔵と美貌(びぼう)の女形の系譜だ。萬壽を美しい正統派女形ベスト3の一人と見てきた通りの美形だ。 さて、山姥。糸車を回して庵から現れ、中村芝翫が演じる峯蔵に「これは山樵(やまがつ)殿」と、独特の粘り気がある声とセリフ。元気良く出て来た怪童丸の梅枝にでんでん太鼓の叩き方を教えるときに満面の笑み。目に入れても痛くないといった孫への愛情が伝わった。眼目の「山めぐり」ではゆったり大きく扇を使った踊り。余裕があった。 隠居のような俳優名になって、先行き老け役を多く演じたいそうな。だが願わくば新しい名前をピカピカと磨きに磨いて品のある美しい老け役を見せてほしいものだ。(演劇ジャーナリスト・大島 幸久)
報知新聞社