【公演レポート】尾上菊之助の慈愛あふれる玉手御前、松本幸四郎の天真爛漫な空海「秀山祭九月大歌舞伎」開幕
「秀山祭九月大歌舞伎」が、去る9月1日に東京・歌舞伎座で開幕。ステージナタリーでは、昼の部の模様をレポートする。 【画像】「秀山祭九月大歌舞伎」昼の部「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」ビジュアル(他3件) 「秀山祭」は、初代中村吉右衛門の功績を讃える興行。二世中村吉右衛門が2006年にスタートし、吉右衛門が死去したあとは、ゆかりの俳優たちがその志を引き継いでいる。昼の部は、吉右衛門の娘婿である尾上菊之助が玉手御前、吉右衛門が率いた播磨屋の一員である中村歌六がその父・合邦道心を勤める「摂州合邦辻」で始まる。物語の舞台は、合邦の庵室。合邦とおとく(上村吉弥)の娘・玉手は、大名の後妻となるも、義理の息子・俊徳丸(片岡愛之助)に思いを寄せ、現在行方不明となっていた。合邦は、娘はもう殺されたものとし後生を弔っていたが、そんな中、玉手がやってきて……。 菊之助は、庵室に入れてもらおうと、「かか様、かか様」とおとくを呼ぶ姿や、合邦に悲痛な声で詫びる姿では、いかにも娘らしい、いたいけな芝居で観客の胸を打つが、庵室に入ったあとは一転、人形のように表情が消える。おとくから俊徳丸を諦めろと諭されるシーンでは、セリフや動作に妖艶さをまとわせて、“恋に狂った女”を演じるが、玉手が本心を明かす場面では、菊之助は俊徳丸への温かいまなざしに、“母”としての慈愛をたっぷりとにじませた。歌六は、不義を働いた玉手を厳しく責め立て拒絶するも、ふとした瞬間に娘への思いがこみ上げてしまう合邦の葛藤を丁寧に表現する。 続く「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」は、夢枕獏の同名小説を原作にした新作歌舞伎で、2016年に初演された。作中では、遣唐使船に乗り、唐へと渡った空海たちが、“化け猫”の謎に迫る冒険譚が描かれる。今回は「弘法大師御誕生一二五〇年記念」として再演され、初演に続き松本幸四郎が空海、楊貴妃を中村雀右衛門、白楽天を中村歌昇、廷臣馬之幕を大谷廣太郎、玉蓮を中村米吉、春琴を中村児太郎、白龍を中村又五郎、丹翁を歌六、そして憲宗皇帝を松本白鸚が勤めるほか、新キャストとして橘逸勢役を中村吉之丞、そして今回新たに加わった登場人物・阿倍仲麻呂役と高階遠成役を市川染五郎が演じる。 物語の始まりは、唐の都・長安。遣唐使の逸勢は、共に唐に渡ってきた留学僧の空海に興味を持ち、妓楼に誘い出す。待ち合わせの場所になかなか現れない空海に、「仏門にある空海は、その立場から来れないのだろう」と合点し、妓楼の内に入ると、そこには妓生の玉連と空海、そして詩人の白楽天の姿が。腕が動かなくなってしまった玉連を、不思議な力で助けた空海は、玉連から皇帝の崩御を予言していたという“化け猫”の話を聞き……。 幸四郎は、好奇心旺盛で頭が切れる空海を、天真爛漫さをたたえながら魅力的に演じる。怯える逸勢をからかう場面では、弾む声で少年のように瞳を輝かせるが、逸勢らに危険が及ぶ場面では、味方を守りながら鋭い声で敵に立ち向かい、空海を頼りがいのある男として立ち上げた。吉之丞は、幸四郎と息の合ったやり取りで、空海の相棒となる逸勢を好演。歌六は、物語のキーマンとなる丹翁を底知れない老人として演じ、又五郎は、丹翁と楊貴妃を巡り対峙する、白龍の悲哀を笑い声に込めた。そして染五郎は、楊貴妃の謎を明かす阿倍仲麻呂を、聡明さと誠実さを兼ね備えた男として凛と演じる。 大詰では、幸四郎扮する空海、染五郎扮する高階遠成、白鸚扮する憲宗皇帝がそろい、高麗屋三代が共演。白鸚は、朗々としたセリフ回しで、皇帝らしさを表現。皇帝の所望により、空海が宮殿の壁に書を記すシーンでは、映像演出が用いられ、クライマックスを華やかに彩った。 なお夜の部には、「『妹背山婦女庭訓』太宰館花渡し 吉野川」「歌舞伎十八番の内『勧進帳』」が並んだ。「妹背山婦女庭訓」より「太宰館花渡し」と「吉野川」では、家の確執から会うことの叶わない1組の若いカップル、久我之助と雛鳥の悲劇と、その両親の葛藤が描かれ、久我之助の父・大判事清澄を尾上松緑、雛鳥の母・太宰後室定高を坂東玉三郎が勤める。なお、玉三郎が定高を勤めるのは、2016年の「秀山祭」で吉右衛門扮する大判事と共演して以来、8年ぶりのこと。久我之助と雛鳥を、染五郎と尾上左近が、それぞれ初役で勤める。 夜の部ラストとなる「勧進帳」は、“二代目播磨屋八十路の夢”と冠されている。これは、吉右衛門が「80歳で弁慶を勤めることが目標」と生前語っていたことから付けられ、吉右衛門の甥の幸四郎が弁慶、娘婿の菊之助が富樫、又甥の市川染五郎が源義経を担う。また部屋子として吉右衛門に長年仕えた吉之丞が後見を勤め、幕切れの花道では、吉之丞が幕外で見守るなか、幸四郎扮する弁慶が飛び六方で引っ込み、会場を盛り上げる。「秀山祭九月大歌舞伎」は9月25日まで。 ■ 「秀山祭九月大歌舞伎」昼の部 2024年9月1日(日)~2024年9月25日(水) ※公演終了 東京都 歌舞伎座 □ スタッフ 二、「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」 原作:夢枕獏 脚本:戸部和久 演出:齋藤雅文 □ 出演 一、「『摂州合邦辻』合邦庵室の場」 玉手御前:尾上菊之助 俊徳丸:片岡愛之助 奴入平:中村萬太郎 浅香姫:中村米吉 母おとく:上村吉弥 合邦道心:中村歌六 二、「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」 空海:松本幸四郎 楊貴妃:中村雀右衛門 白楽天:中村歌昇 廷臣馬之幕:大谷廣太郎 玉蓮:中村米吉 春琴:中村児太郎 阿倍仲麻呂 / 高階遠成:市川染五郎 橘逸勢:中村吉之丞 杜黄裳:松本錦吾 白龍:中村又五郎 丹翁:中村歌六 憲宗皇帝:松本白鸚 ■ 「秀山祭九月大歌舞伎」夜の部 2024年9月1日(日)~2024年9月25日(水) ※公演終了 東京都 歌舞伎座 □ スタッフ 一、「『妹背山婦女庭訓』太宰館花渡し 吉野川」 作:近松半二 □ 出演 一、「『妹背山婦女庭訓』太宰館花渡し 吉野川」 太宰後室定高:坂東玉三郎 久我之助:市川染五郎 雛鳥:尾上左近 蘇我入鹿:中村吉之丞 大判事清澄:尾上松緑 二、「歌舞伎十八番の内『勧進帳』」 武蔵坊弁慶:松本幸四郎 源義経:市川染五郎 片岡八郎:中村歌昇 駿河次郎:中村種之助 亀井六郎:市川高麗蔵 常陸坊海尊:大谷友右衛門 富樫左衛門:尾上菊之助 後見:中村吉之丞 無断転載禁止