渾身の一作!“映画監督ブラッドリー・クーパー”はNetflix映画『マエストロ:その音楽と愛と』をどのように作ったのか?
監督デビュー作『アリー/ スター誕生』(18)で大絶賛を浴びたブラッドリー・クーパーが、「ウエスト・サイド物語」などで知られる名作曲家レナード・バーンスタインとその妻フェリシア・モンテアレグレ・コーン・バーンスタインを描く『マエストロ:その音楽と愛と』が本日12月20日よりNetflixにて全世界配信スタート。 【写真を見る】スピルバーグも崇拝する名作曲家の生涯をたどる、壮大な愛の物語 自らレナード役を演じたクーパー監督は、どのような思いをもって本作を作りあげていったのか、特殊メイクや撮影の舞台裏にもフォーカスしながら紐解いていこう。 ■2人の巨匠からブラッドリー・クーパーへ託されたバトン 本作の企画が最初に動きだしたのは2008年のことだった。プロデューサーのフレッド・バーナーとエイミー・ダーニングがレナード・バーンスタインを題材にした作品を構想し、リサーチや音楽の権利調達を始めると共に、当時ドラマシリーズをメインに活動していた脚本家ジョシュ・シンガーに脚本の草案を依頼する。その草案に最初に心を掴まれたのは、巨匠マーティン・スコセッシだったが、多忙を極めるスケジュールと折り合いがつかずに断念する。 次に名乗りを挙げたのは、バーンスタインを長年崇拝してきたスティーヴン・スピルバーグ。彼はレナード役にクーパーを起用することを考え声をかけると、学生時代からバーンスタインの作曲した音楽に魅了されてきたクーパーは即座に快諾。しかしスピルバーグも複数のプロジェクトを抱えていたことから監督を降りることとなり、その後継者としてクーパー自ら手を挙げたという。 心から感動する物語に出逢ったら、自分で脚本も監督も務めるという方法を見出していたクーパーは、「もし本当に監督をされないのであれば、レナード・バーンスタインについて調査する許可をもらえないでしょうか」とスピルバーグに相談。そして、当時製作中だった『アリー/ スター誕生』をスピルバーグに観てもらったという。スピルバーグは当時について「彼の映画監督の才能を確信するのに時間はかかりませんでした。私はブラッドリーに近寄り、監督をやってくれないかと頼んだのです」と振り返っている。 こうして、2人の巨匠が心奪われたレナード・バーンスタインの物語は、クーパーの監督第2作となる。しかもスコセッシとスピルバーグは、共にプロデューサーとして名を連ねることに。 ■“自身のキャリアで最高の経験”カズ・ヒロが語る、完璧な特殊メイク クーパーはまず、草案を書き上げたシンガーに連絡をとり、一緒に脚本を完成させることを申しでる。「私はとてもワクワクしました。フレッドとエイミーと一緒にレニー(レナード)のリサーチをしてきましたし、監督・脚本家・俳優としてのブラッドリーの大ファンでしたから」と、シンガーは振り返る。 強い思いを胸に、脚本からキャスティング、音楽、そしてロケーションにまでこだわったクーパー。“本物”を追求した彼がひときわ注力したのは、青年期から数十年にわたるレナードの人生を自ら演じる上で欠かすことのできない特殊メイクであった。クーパーが声を掛けたのは、『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(17)でアカデミー賞を受賞したカズ・ヒロ。そのころクーパーが出演していた『ナイトメア・アリー』(21)のギレルモ・デル・トロ監督からの推薦だったという。 元々バーンスタインの音楽や生き様、そしてその顔立ちに強い影響を受けていたというカズ・ヒロに、クーパーが要求したのは「容姿をできる限りレニーに近付けること」。そこでクーパーの顔の彫像と、顔と全身の3Dスキャンをし、5つの段階のレナードの特殊メイクをテストしていく。その作業は3年半にも及んだという。 撮影に入ってからも、メイクを仕上げるためにほかのスタッフよりも6時間前に現場入りをしていたクーパー。その徹底した姿勢にカズ・ヒロは強い感銘を受けたとのことで「撮影中は終始彼との製作を楽しむことができました。本作のように長い生涯を追いながら、主人公に似せることにこだわる作品は非常に珍しい。このすばらしい人生とラブストーリーをリアルに描きたいという思いで作り上げました」と語り、“自身のキャリアで最高の経験”だったと表現している。 ■フィルム撮影にこだわり、画面比で表現される時代の変化 もうひとつクーパーが強いこだわりを持ち、かつそれが目に見えるかたちで作品にあらわれているものがある。それは本作が35ミリフィルムで撮影されたということ。「絶対にフィルムで撮りたいと思っていました」と明かすクーパーは、1940年代から1980年代にわたる時代の移り変わりを、モノクロとカラー、複数のアスペクト比を用いて丹念に作っていった。こだわり理由は「それが、この物語を伝える唯一の方法だと感じたからです」とのことだ。 そのうえでインスピレーションを受けた監督として挙げられたのは、エルンスト・ルビッチやハル・アシュビー、シドニー・ルメットといった大衆的な傑作を生みだしていった各時代の名匠たち。「映画冒頭の1.33:1のアスペクト比では、ルビッチの『桃色の店(街角)』のような雰囲気を作りたかった。カラーに変わっていくところでは、現実の重みを感じさせながら、1970年代の雰囲気を保つために多くのロングショットを使いたいと考えました。そして1980年代ではすべてをもう少しカラフルに調整し、1.85:1で親しみやすくしました」とクーパーの語りにも熱が入る。 先ごろノミネートが発表された第81回ゴールデン・グローブ賞で『マエストロ:その音楽と愛と』は、ドラマ部門の作品賞と主演男優賞、主演女優賞、そして共通部門の監督賞にノミネート。また、第96回アカデミー賞に向けたほかの前哨戦でも存在感を見せており、とくに撮影賞やメイキャップ&ヘアスタイリング賞では有力候補の一角として目されている。 “映画監督ブラッドリー・クーパー”が6年の歳月をかけて作りだした渾身の一本『マエストロ:その音楽と愛と』。この年末年始にNetflixで、その隅々まで味わい尽くしてみてはいかがだろうか。 文/久保田 和馬