チームメートに胴上げされる阪神・秋山投手

【記者コラム】 　打者を選択していたとしたら、どんな成績を挙げていたのだろうか。 　魅惑の大砲候補。筆者は今季限りで現役を引退する阪神・秋山拓巳投手（３３）のことをそう夢想していた。 　大谷翔平がまだ花巻東高（岩手）の１年生だった１４年前のこと。秋山がルーキーだった当時に合宿所の「虎風荘」で、彼から「甲子園でホームランを打ってみたいですね」と聞かされた。そして彼は「入団してすぐ、福原（忍）さんに、俺は２本打っているからなと言われたので、まず福原さんを超えたいですね」と続けて、笑みを浮かべた。 　福原は１９７６年生まれで、秋山は１９９１年生まれ。１５歳も離れた先輩の福原は、秋山が２０１０年にドラフト４位で入団するまでに本塁打を２本記録していた。初本塁打は２００１年の巨人戦（東京ドーム）で、２号もやはり巨人戦（東京ドーム）だった。その２本塁打で現役を終えることになる。秋山が初本塁打を放ったのは２０１７年の中日戦（ナゴヤドーム）。その翌年（２０１８年）の巨人戦（東京ドーム）で２号を放った。秋山は結局、この２本塁打で終わる。１軍では甲子園での本塁打は夢に終わった。それに福原と本塁打数はくしくも並んだままで終わることになる。 　秋山は西条高（愛媛）で２度甲子園に出場している。地元にちなんでマスコミに「伊予ゴジラ」と名付けられていたが、高校球児のときも甲子園では本塁打を打てなかった。ただ、大会前に実施される「甲子園練習」ではフェンスを軽々と越えていく打球を飛ばしていた。だから筆者は「魅惑の大砲候補」と思っていたのだ。秋山を指導していた、スカウト経験のあるコーチも「打者として勝負してみてはどうか」と冗談めかして言ったそうだが、秋山は投手として１５年の現役生活をまっとうした。 　２４日、２軍施設の鳴尾浜球場でウエスタン・リーグのソフトバンク戦を終えたあと、引退セレモニーが開かれた。試合では先発して、１回にリチャードの２ランを浴びた。１イニングを２失点だった。膝を手術してから球威が戻らない。納得した球が投げられなくなった。それが引退を決意した理由だ。そんな秋山はこう言った。 　「僕自身たいした記録もなければ、成績も残していませんが、こだわり続けたピッチャーとして１５年間、最後まであきらめず、ここまで頑張ってこれたことはすごく誇りに思っています」 　打撃成績は２１０打数３０安打の打率１割４分３厘だ。投手としては球速ではなく、直球の質や変化球との緩急、そして制球力、配球など駆け引きで３度のシーズン２桁勝利を記録し、通算１３４試合４９勝４４敗の防御率３・６６。１９歳でマークしたプロ初完封は、今では１００球未満の完封を指す呼称「マダックス」だった。 　また、特筆すべきことの一つにウエスタン・リーグで通算投球回数が１０００イニングを超えたことを挙げたい。誰も達成したことのない数字。ルーキーイヤーに４勝を挙げながら、その後、６年間は伸び悩んだ。そんな時期でも打者転向を考えることもなく、迷うことなく投手道にまい進した男の勲章である。　（吉川学）