『君が心をくれたから』雨と太陽のつらさと歯痒さが伴う別れ 切なさが与える優しい空気感
前回のエピソードでひとつのキーワードとして触れられた、匂いは記憶と結びついているという“プルースト効果”。そこではクレープの匂いで雨(永野芽郁)が高校時代の出来事を思い出すというかたちで描かれていたが、今回はもっと直接的に、太陽(山田裕貴)との思い出全体へと結びつく匂いが描かれる。それはつまり、マカロンの味と同じである。マーガレットの香りと太陽のコートに染みついた花火の火薬の匂い。これが雨にとって、太陽への恋心という青春すべてに紐づいた匂いということだ。 【写真】雨(永野芽郁)に花束を渡した太陽(山田裕貴) 1月29日に放送された『君が心をくれたから』(フジテレビ系)第4話。雨は五感の二つ目、嗅覚を奪われることになる。太陽に「好きな人がいる」と嘘をつき、その帰り道で司(白洲迅)に自分が五感を失っていくことを明かす雨。それでも“奇跡”については他言無用。“珍しい病気”と言って、彼女はまたひとつ嘘を重ねることになる。そんな折、雨のもとに太陽の妹・春陽(出口夏希)が訪ねてくる。雨に振られたことで萎れていた兄の姿を見かねて、もう一度考え直してほしいと雨にお願いをするのである。そして太陽とハウステンボスへ出かけることになるのだが、なんとか彼に嫌われようと考えた雨は、そこに司を誘うのである。 まだ全体的に鬱屈としたムードが漂い続けている作品ではあるが、今回のエピソードは雨の五感の喪失というほとんど救いのない部分よりも、雨と太陽の別れーーあるいは雨にとっての太陽からの決別とでもいうべきかーーに主眼が置かれているという点で、これまでとは異なる印象を受ける。もちろんここにも五感を失うこととは違うつらさや歯痒さが伴うわけだが、それでも極めてオーソドックスなラブストーリーの形式が維持されているように、そこに溢れ出た“切なさ”がどことなく優しい空気を与えてくれる。 卒業式の日に太陽に渡そうとして、渡せずに机のなかにしまい込んでいた手紙。東京に旅立つ飛行機の時間を訊かれ、嘘を教えてしまったこと。その時に太陽が雨に渡そうとひそかに準備していた指輪。もしあの時、雨が手紙を渡していたら、春陽が雨に何も言っていなければ、もしその指輪を渡せていたら。そんな歯車ひとつ、ボタンの掛け違いひとつで彼らの運命は変わっていたのだろう、そんなことをついつい考えてしまう。けれどもたぶん、人生のなかで起こりうる出来事はそういうものの積み重ねなのだろう。 それは雨と太陽が一緒に出かけた時に、何気なく太陽が発した「観覧車は恋人のもの。自分たちには関係ない」という言葉から掛け違いは始まっていたのかもしれない。10年経って、その掛け違いをやっと修正できる機会が訪れるハウステンボスでの夜。でももう他のすべてのボタンを掛け違えていたとなれば取り返しはつかない。マーガレットの花占いの定石が覆されるという運命のイタズラも、別れを切り出すための後押しになるだけである。 観覧車のなかで、司と付き合うことになったと話す雨。太陽から「司さんのどこが好き?」と訊かれた雨は、自分が考える太陽の好きなところを、司のこととして太陽本人に聞かせる。そこに映されるハウステンボスの美しい夜景と、別々の道のりで市内へと帰る二人の姿。煌びやかなテーマパークと帰り道の夜の暗さの対比は、二人の悲恋をさらに助長させる。なぜだかそこに、このドラマが長崎を舞台にしたことの意味を見出せたような気がする。
久保田和馬