走り続ける脚本家・倉本聰82歳 ── 「豊かって何だ? 幸せって何だ?」
倉本聰が書くエッセーやドラマのテーマのひとつに「豊かって何だ? 幸せって何だ?」という問いかけがある。昭和10年(1935年)生まれの倉本は、昭和の貧しさと今平成の豊かさを比べて、モノやカネの豊かさと人の幸せは比例するだろうかと問いかけてきた。倉本には幼いころを過ごした昭和の記憶が鮮明に残っている。昭和は今に比べる比較にならないほど貧しかった。若い人たちには信じられないかもしれないが、1960年頃までは一般家庭にはテレビも冷蔵庫も洗濯機もなかった。 走り続ける脚本家・倉本聰82歳 ── 全力を尽くした者のみが知るやすらぎ ましてや、冷暖房、電子レンジ、パソコン、ケイタイなど夢のまた夢だった。食べる物も不足しグルメなんていう言葉もない、ないないづくしの時代。モノは無かったが、周りにヒトはたくさんいた。家族は今ほど核家族化していなくて三世代家族も当たり前。多くの兄弟が一緒に暮らしていたし、親戚や隣近所との付き合いも深く、沢山の人たちが絡み合って暮らしていた。人と人の繋がりが濃く、みんなが泣いたり笑ったりしながら結構幸せに暮らしていた時代に倉本は生きてきた。「北の国から」の人々の絡み方は昭和の典型。昭和の人たちはああだった。
倉本は40年ほど前にシナリオライターと役者を育てる富良野塾を立ち上げた。塾生たちは富良野の谷間に自分たちで住む家を建て、農家の手伝いをして金を稼いで生活をし、シナリオや演技の勉強に励んだ。バーチャルな情報や便利快適さとは距離を置いた生活をし、肉体を使った様々な体験を通して実感でものを考え、書き、演じることを目指した。 そんな塾である時、倉本は塾生たちに「君たちにとって暮らしになくてはならないもの、“生活必需品”は何か?」と問いかけた。 塾生たちの答え。 1位=水、2位=ナイフ(生活に必要な道具)、3位=食料、だった。 テレビ局の人にこの話をしたら、面白いから東京の若者に同じ質問をしてみましょうということになって渋谷で若者に聞いてみた。 1位=金、2位=ケイタイ、3位=テレビ、だった。 塾生が生きていくために必要なものを挙げているのに対して、東京の若者は便利快適な暮らしに必要なモノを選んだ。だから、答えはカネとモノになる。 この比較も面白いが、さらに興味があるのは塾生の数名が「人」を挙げていたこと。倉本は人という答えを見て一瞬、「人って生活必需品か?」と思った。 が、考えてみると、確かに人は“人”がいなくては生きていけないし幸せになれない。一番大事な生活必需品かも知れないと思った。