役者人生60年、初の主演映画公開 名バイプレーヤー・平泉成「日本一の大根になろう」で活路 6月2日に80歳
俳優の平泉成(79)が7日公開の映画「明日を綴る写真館」(秋山純監督)でデビュー60年にして初主演を飾る。「人生の思い残し」をテーマにした感動物語で、写真が趣味の自身と重なるカメラマン役。2日に傘寿を迎える名バイプレーヤーが初主演映画への思い、役者人生の苦悩や葛藤、恩人である市川雷蔵さん(1969年死去、享年37)との思い出などを語った。(有野 博幸) 【写真】師弟関係のカメラマンを演じた平泉(左)と佐野晶哉 人情味のある刑事役や子煩悩な父親役に定評のある平泉は、ぬくもりのあるハスキーボイスでおなじみの名バイプレーヤー。「眠狂四郎」シリーズで知られる昭和の映画スター、市川雷蔵さんとの出会いをきっかけに1964年、大映の第4期ニューフェイスに応募して合格。19歳で芸能界入りを果たした。 愛知県額田郡(現在の岡崎市)で4男3女の末っ子として生まれ、本名は平泉征七郎。岡崎商業高校時代、映画に熱中した。卒業後に就職した名古屋市内のホテルの同僚を介して雷蔵さんと知り合った。「ニューフェイスの最終審査では、真っ正面に審査員として雷蔵さんがいました。そこで○(マル)をつけてくれたんだと思います。合格してからお礼を言っても、『俺が入れてやったんだよ』とは一言もおっしゃいませんでした」 大映の京都撮影所に入り、乗馬、茶道、三味線、日本舞踊、殺陣など基礎をみっちりと仕込まれた。雷蔵さんからは演劇のチケットをもらったという。「封筒の中を見たら、お金も入っていました。『あいつはいい子なんだけど、いかんせん芝居が下手。何とかしてやりたい』という親心だったんでしょう。『チケットだけでは、どうせ行かないだろうから』と一杯飲めるくらいのお小遣いも入れてくれたんでしょうね」。当時、雷蔵さんは30代前半。直腸がんのため、37歳の若さで他界した恩人に「感謝しかありません」と思いを巡らせている。 同期は27人。役者人生のスタートは決して順風満帆とは言えなかった。「パッと見で『あいつをスターに!』と思ってもらえるタイプじゃなかった。格好悪くもなかったと思うけど、平凡だった。他の人を押しのけて前に出る性格でもない」。同期が先にデビューすると「今度は俺かな、あいつかなってドキドキする毎日。何度も先を越されていくと、『俺はダメなのか』ってガックリするんですよね」。 午前中は農民、午後は侍という感じでエキストラを務める毎日。2、3年が経過すると、同期が次々とやめていった。「裕福な家の子ほど、やめていくんですよ。『地元に帰って、家業を継ぎます』とか言ってね。私の場合、ほかの仕事をしてもゼロからのスタート。だからコツコツとやり続けるしかなかった」。待望のデビューは66年の「酔いどれ博士」(三隈研次監督)だった。 「スターに憧れて、この世界に入ったけど、現実を思い知らされて諦めた」。悩みや葛藤を抱えながら、「大根になろう」と心に決めた。「大根は煮込めば、煮物やおでんになるし、大根おろしにすれば、焼き魚を引き立てる。俺は日本一の大根になろう!」と脇役に活路を見いだした。「生き残るために何をするべきか、次も声をかけてもらえるように『おはようございます!』と、朝一番のあいさつから好印象を残そうと考えました」 目立つ役柄じゃなくても腐らず、「他人の家に土足で上がり込むような、下品な芝居だけは絶対にしない」と心掛けた。「60年間、一度も主役をやったことがなかったし、賞をもらったこともない。ただ、2人の子供(1男1女)の学費を稼ぐために必死に働きましたね。悪役も、やりたくない役も断らずにやった。無冠だったけど、子供2人が立派に育ってくれたことが、人生のご褒美かな」と目尻を下げた。 80歳の節目に初主演映画が公開を迎える。「いつか、こんな日が来るかなと夢見てきましたけど、今でも信じられません。ドキドキしますね。お客さんが来てくれなかったら、どうしようと不安があります。主演俳優の方々は毎回、こんなに責任を背負っていらっしゃるんですね。いつもの映画公開とは全く違う感覚を60年で初めて味わっています」 「明日を綴る―」では写真館を営むカメラマンの鮫島武治を演じた。自身も写真が趣味で「鮫島は私自身だと思って演じました。殺人事件も詐欺事件も起きないし、昭和の時代のような義理人情が描かれて、優しい空気が流れている」。平泉の初主演映画を盛り上げるため、「成さんのために」を合言葉に佐藤浩市(63)、高橋克典(59)、黒木瞳(63)、市毛良枝(73)ら豪華な俳優陣が集結した。 平泉演じる鮫島に弟子入りする若手カメラマンの五十嵐太一をAぇ!groupの佐野晶哉(22)が演じた。「ドラマの『華麗なる一族』で木村拓哉くんと共演して華やかなオーラに驚いたけど、佐野くんも将来は木村くんみたいな大物になるかもしれないね。ハートが柔らかくて、若いのに受けの芝居が上手」と太鼓判。「いつかまた共演したいね。『私を使ってください』とお願いしないと…」と冗談交じりに再会を熱望した。 ドラマ、映画の共演者にモノマネされることが定番だが、快く受け入れている。「モノマネされても、全く嫌な気はしないね。私のことを嫌いだったら、モノマネもしないだろうしね。何か私の足りない部分を補って助けてくれているような感じ。平泉成を応援して、宣伝してくれていると感謝しています」 60年の役者人生。「今にして思えば幸せな役者人生だけど、悔しさばかりの役者人生でもある。幸せと悔しさが表裏一体。だからこそ『継続は力なり』で頑張ってこられたのかな。この先、どんな形で花が開くのか、分からないけど、死ぬまで継続していきたい」と生涯現役を誓った。待望の初主演映画には60年分の汗や涙、喜怒哀楽が存分に盛り込まれている。 ◆平泉 成(ひらいずみ・せい)1944年6月2日、愛知県生まれ。79歳。64年に大映京都第4期ニューフェイスに選ばれ、66年の「酔いどれ博士」で映画デビュー。主なドラマは96年開始の「はみだし刑事情熱系」シリーズ、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」(2013年度前期)など。主な映画は「その男、凶暴につき」(89年)、「蛇イチゴ」(03年)、「20歳のソウル」(22年)など。
報知新聞社