アカデミー賞2冠!アウシュヴィッツ収容所の隣の幸せな暮らし『関心領域』をレビュー【シネマナビ】
海外エンタメ好きなライター・今 祥枝が、おすすめの最新映画をピックアップ! 今回は、第96回アカデミー賞の国際長編映画賞と音響賞を受賞した『関心領域』をレビュー。 【画像】今祥枝の考える映画
『関心領域』
■ホロコーストの壁の外に広がる“幸せな日常”という幻想 抜けるような青い空。シンメトリーに設計された庭園には花々が咲き、その奥には2階建ての美しい家がある。子どもたちは無邪気にはしゃぎ、大人たちは満ち足りた様子でくつろいでいる。映画は、そんな牧歌的なアーリア人であるヘス家の幸せな日常の風景を、冒頭から淡々と映し出す。 しかし、何が起こるのかとじっと見つめるスクリーンからは、ただならぬ空気が漂う。常に振動が伝わるような低音に加えて、しばしば人の苦悶とも悲鳴とも受け取れる声が認識できる。垣根の向こうには煙突がそびえ、空にたなびく黒煙は恐ろしいまでの不安をかき立てる。 ヘス家の楽園のすぐ外にあるのは、第二次世界大戦下でナチスドイツがユダヤ人の迫害・虐殺を行ったホロコーストの象徴、アウシュヴィッツ強制収容所だ。家長ルドルフ(クリスティアン・フリーデル)は実際に所長を務めた人物で、潤沢な補助金を受けてこの“夢のような生活”を手に入れた。妻ヘートヴィヒ(ザンドラ・ヒュラー)が友人らを相手におしゃべりに興じる中で、彼女が所有する毛皮やダイヤはユダヤ人から没収したものだとわかる。日増しに叫び声や銃声は頻繁になり、黒煙は威力を増し、明らかに異常事態が起きているのに、大人たちは誰もそのことについて触れずに目をそらし続ける。 アウシュヴィッツ強制収容所群を取り囲む40平方キロメートルの地域「関心領域」をタイトルにした本作は、実験的な衝撃作だ。ジェノサイドの直接的な描写を避け、徹底して強制収容所と壁一枚隔てたこちら側の世界を描くことで、「普通の人々」がいかにして残虐行為を黙認し得るのかという普遍的なメッセージを伝えて、第96回アカデミー賞の国際長編映画賞と音響賞を受賞した。 もちろん、どんな人でも自分が把握できる世界や社会の範囲には限りがある。しかし、イギリス出身でユダヤ人のジョナサン・グレイザー監督は、ヘス一家の姿を通して、今世界で起きていることに無関心でいることで、誰もが加害者になり得る可能性について警鐘を鳴らす。 監督・脚本/ジョナサン・グレイザー 出演/クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラーほか 配給/ハピネットファントム・スタジオ 公開/5月24日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開 ©Two Wolves Films Limited, Extreme Emotions BIS Limited, Soft Money LLC and Channel Four Television Corporation 2023. All Rights Reserved.
●ナビゲーター 今 祥枝 一年365日、映画&ドラマざんまいのライター、編集者。編集協力に『幻に終わった傑作映画たち』(竹書房)。 ※BAILA2024年6月号掲載