『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』“血の収穫”に新たな解釈 ドラゴンがシリーズ“真の主役”に
灰褐色のドラゴン、シースモークに乗って現れたのは、一介の船乗り“ハルのアダム”(クリントン・リバティー)という名の青年だった。レイニラ(エマ・ダーシー)の最初の夫レーナーが消息を絶って以来、主を失っていた竜は突如、この名も無き若者を騎竜者として認めたのである。テレビシリーズ版ではコアリーズ・ヴェラリオン(スティーヴ・トゥーサント)の落し子であることが示唆されてきたが、原作『炎と血』ではレーナーの落し子とする説もあり、その出自には謎が多い。思いがけない出来事にレイニラは歓喜し、再び新たな騎竜者を見つけようと決意する。 【写真】『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』シーズン2エピソード7場面カット(複数あり) 『炎と血』によれば、ウェスタロスでは古くから“初夜権”なる因習によって各地で貴族諸侯の落し子が生まれてきた。ドラゴンを駆る神に近い存在として崇められてきたターガリエンのそれはやや事情が異なり、時に恩賞さえ与えられる落とし子の存在は「ドラゴンのお種で産まれた子」として庶民に歓迎すらされてきたのだ。先々代ジェヘアリーズ王時代、アリサン王妃によって初夜権は禁止されることになるが、ドラゴンストーン島をはじめ、各地には未だターガリエンの血を引く“お種の子”が残っているのである。騎竜者の参集とそれに伴う犠牲は「蒔いた種の刈り取り」、または「血の収穫」としてウェスタロスの歴史に刻まれることとなる。 『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』シーズン2第7話では、「血の収穫」に新たな解釈が加えられている。原作ではジェイス(ハリー・コレット)の主導による試みとされているが、テレビシリーズ版では逆に彼は強く反発している。ドラゴンはターガリエン王朝の権威を謳う王権神授の象徴であり、平民にも騎竜を認める民主化は神性を貶めることになる。何より自身も落し子であるジェイスにとって、次期王位継承者“ドラゴンストーンのプリンス”の称号が危ぶまれてしまうのだ。しかし、幾度となく子どもたちの出自を疑われ、中傷されてきたレイニラにとって「血の収穫」は落し子の権利を保証するものと頑なに信じてやまない(これも“市民活動家”ミサリアの影響だろう)。第7話で彼女はしきりに神の名を口にし、王室外からの騎竜者の誕生を恩寵として盲信している節が伺え、危うい。 かくして女王によるお触れはミサリアの諜報網によって瞬く間に王都(キングズランディング)を駆け巡る。ここでシーズン2に入って紹介されてきた新キャラクターがようやく合流し始める。王宮に出入りする市井の鍛冶屋“鉄槌のヒュー”(キーラン・ビュー)や、ターガリエンの落し子であることをネタにタダ酒を飲み続けてきた放蕩者“酒浸りのアルフ”だ。出自の真偽はともかく、彼らターガリエンと瓜二つの銀髪を持つ者たちが一攫千金とドラゴン諸公の称号を求めて集う様は、さながら『イカゲーム』のようなデスゲームと化して面白い。 『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』ではこれまでのシリーズ以上にドラゴンの巨躯が強調され、天を仰ぐカメラに人間たちの畏怖が宿る。亡きジェヘアリーズ王の愛竜ヴァーミサーの迫力と、個体ごとに異なる鳴き声の精緻なサウンドデザインは、できる限り良い視聴環境で堪能してもらいたい。『ゲーム・オブ・スローンズ』ではドラゴン1頭を登場させるだけで莫大な制作費を必要としたと言われているが、本エピソードに限って言えばなんと5頭も登場する。ちなみに原作ではこの時点でさらに3頭のドラゴン「シープスティラー」「カニバル」「グレイゴースト」の存在が言及されており、今後テレビシリーズにも登場するのか注目だ。ヒュー、アルフら新たな騎竜者がドラゴンの存在感に及ばないのは気がかりだが、ラストシーンの揃い踏みを見れば、視覚効果チームによって入念に創造されたドラゴンこそが本シリーズの真の主役と言えるだろう。 ようやく河川地帯(リヴァーランド)を平定しても、今度は年端もいかない少年領主にコケにされてしまうデイモン(マット・スミス)や、ほとんど語られるべき物語を失ってしまったように見えるアリセント(オリヴィア・クック)など、相変わらず脚本の不足が目立つものの、次回はいよいよシーズン最終回である。大幅に戦力増強した黒装派が戦局を覆し、レイニラを勝利へと導くのか? ドラゴンによる群舞が繰り広げられることを期待したい。
長内那由多(Nayuta Osanai)