世界的にも異例すぎる「硫黄島」の厳しい実態…なぜいまだに島民は帰れないままなのか
なぜ日本兵1万人が消えたままなのか、硫黄島で何が起きていたのか。 民間人の上陸が原則禁止された硫黄島に4度上陸し、日米の機密文書も徹底調査したノンフィクション『硫黄島上陸 友軍ハ地下ニ在リ』が11刷ベストセラーとなっている。 【写真】日本兵1万人が行方不明、「硫黄島の驚きの光景…」 ふだん本を読まない人にも届き、「イッキ読みした」「熱意に胸打たれた」「泣いた」という読者の声も多く寄せられている。
世界でも唯一無二の全島疎開が続く島
米軍の核の時代を経て、現在も続く硫黄島の自衛隊支配──。この現状を問題視し、精力的に発信し続ける研究者の一人に、明治学院大学の石原俊教授がいる。小笠原諸島の近現代史研究の第一人者だ。 僕の硫黄島取材は、石原氏が著書『硫黄島 国策に翻弄された130年』(中公新書)を出版した2019年以前と以後では大きく変わる。以前は遺骨問題ばかりに向けてきた僕の探究は、同著との出会いによって島民未帰還問題にも広がることになった。 石原氏によると、戦局悪化に伴う国の疎開命令により、本土疎開を強いられた島民1000人超の戦後は、次のような経過を辿った。 小笠原諸島の施政権の返還後、父島と母島の旧島民は帰島を認められた一方で、硫黄島の旧島民は許可されなかった。硫黄島の旧島民たちは1969年、硫黄島帰島促進協議会を結成し、国に再居住を求める運動を本格化した。 しかし、国は翌1970年、その要求を無視して、硫黄島の復興の実施を除外した小笠原諸島復興計画(後に振興計画に名称変更)を決定した。帰島運動は一世の高齢化に伴い、次第に下火になっていった。 そんな中で迎えた1984年、国土庁の審議会は火山活動などを理由に「硫黄島での一般住民の居住は困難である」との答申を出した。これにより国は同計画の延長を決定。先の大戦での全島疎開が解除されない、世界でも無二とされる異常な状態は、現在もなお続いている。
旧防衛庁のジレンマ
火山危険説は、国側が従前から繰り返してきた論理だ。1979年11月15日の朝日新聞の記事「『戦後』を凍結した硫黄島」にはこんな一文がある。〈旧島民の復帰は(中略)行政上認められていない。東京都(中略)および国土庁によると「一年間に土地が三十センチも異常隆起し、土を掘ればお湯が出るくらい火山活動も活発なので、安全上問題がある」というのがその理由である〉。 しかし、こうした論理は帰島を求める旧島民には通じなかった。この記事は、硫黄島帰島促進協議会の幹部の反論も伝えている。〈「異常隆起はむかしからのことで、明治二十二年に入植以来、噴火もない。安全を問題にするのなら、自衛隊や米軍はなぜ、引き揚げないのか」〉。 国側の説明は、建前に過ぎない。現在も、そう受け止める旧島民や子孫は多い。では、旧島民の帰還が認められない本当の理由は何なのだろうか。 石原氏は僕のインタビューで、こう話した。「自衛隊が訓練基地として既得権化した。だから(島民は)帰れないということです。港の管理権から何まですべてのインフラを自衛隊が握ってしまっているので、防衛省が嫌だと言えば、いくらでも通ってしまうのです」。 つまり、現在に至るまで着々と進められてきた基地化こそが真の理由だ、ということだ。 僕は基地化の経過を一次資料や新聞記事で辿ってみることにした。 公文書を調べてみると、旧防衛庁が返還前から、硫黄島を訓練地として活用したいと望んでいたのは明らかだった。 外務省外交史料館所蔵の簿冊『小笠原諸島帰属問題 復帰に伴う国内措置』に収められた「小笠原諸島の復帰に伴う自衛隊の措置について」には〈小笠原諸島の復帰とともに(硫黄島など)それぞれに海上自衛隊の基地部隊を配置〉して〈逐次この方面において艦艇、航空機の訓練を実施する〉とある。「取扱注意」の印が押されたこの公文書の日付は1968年5月24日。6月26日の小笠原諸島返還の約1ヵ月前に、旧防衛庁はそのような方針を固めていたのだ。 しかし、その方針を即座には実行に移さなかった。旧島民や遺族らの反発を懸念したからだろう。それを物語る記事が1976年6月12日付読売新聞に掲載されていた。見出しは「硝煙再び?あの硫黄島 演習場に」。旧防衛庁が硫黄島を〈自衛隊の総合演習用候補地〉とすべく水面下で構想していると伝える記事に、和智恒蔵氏が登場していた。戦後初の硫黄島遺骨調査団員として1952年に渡島して以来、遺骨収集に取り組んできた元硫黄島海軍司令だ。 和智氏のコメントはこうだ。〈私は演習場に反対はしない。だがそのまえにやることがあるはずだ。島内の至るところに眠っている英霊をそのままにしておいては相すまんじゃないか。遺骨収集をきちんとすませてからの話だ〉。怒声が伝わってくるようなコメントだ。東京都の島嶼部担当者の反発の声も伝えた。〈旧島民の帰島問題がある。戦時中強制疎開させられた人々です。もし帰島できないのなら生活補償してあげるのが国の責任だと思う〉。 そして、記事はこう結ばれていた。〈防衛庁もこうした事情を知らないわけではない。知っているからこそ演習場計画を正式には表明できないジレンマがあるようだ〉。
酒井 聡平(北海道新聞記者)