浅草で95年、プロマイド専門店「マルベル堂」が今もこだわり続けていること
スターの目線の先にあるものとは? 歴代カメラマンが大切にしてきたこと
店舗から歩いて10分ほどの場所に、撮影スタジオがある。ここでは芸能人の宣材写真の撮影のほか、一般の人の撮影も受け付けている。なかでも人気なのが80年代のアイドル風衣装を身に着けて、実際に昭和の大スターが座ったという椅子や昭和テイストあふれるアイテムを使った撮影プランだ。 一気に昭和にタイムスリップしたかのような雰囲気を味わえるのもいいが、一番のこだわりは、なんと言っても創業以来守り続けている写真のスタイル。6代目となる武田店長は、伝説のカメラマン、故・中村孝氏のスピリッツと技術を継承している。 「プロマイドは昭和の文化。カメラマンが変わるたび、テイストが変わっちゃいけないんです」と言葉に力がこもる。一般に、カメラマンはそれぞれ個性を活かした作品を撮るものだが、マルベル堂は違う。その背景には、”プロマイドはあくまでファンのためのもの”という普遍的な考えがある。 「スターとファンを身近に結ぶものがプロマイド。プロマイドがあるからスターと目が合い、身近に感じることができる。だから昔はよく撮影の際、『レンズの向こうにファンがいるからね』と声をかけて撮っていたんですよ。そうするとスターは、レンズの向こう側に向けて、やさしく微笑んでくれるわけです」 一流のスターほど、カメラのレンズの向こう側にいる大勢のファンをイメージできる。もうひとつ、プロマイドには手が写ったものが多いのはなぜだろう。 「ファンは爪の先まで見たがるから、だから手を入れましょうって。誰にでも撮れるような当たり前のような写真に見えるんですけど、そこにはちゃんとファンのことを考えて、どうすればいいのかっていうことを、われわれは常日頃追い求めているんです。上半身のカットが多いのも、ファンはスターの顔をはっきり見たいから。全身だと顔がちっちゃくなっちゃいますからね。ところが石原裕次郎は脚が長いから全身が見たい。だから全身があるんですよ。すべてはファンのためなんですね」 そんなファンの気持ちに寄り添ったプロマイドだからこそ、ファンが手に取ってくれる、というわけだ。カメラマンが個性を発揮して独創的な写真を撮っても、たくさんのファンは買ってくれない。マルベル堂では、カメラマンの個性はエゴになってしまうのだ。 「ファンにスターをそのまま届ける。本当に単純なことなんですけど、それを100年近く、ずっと当たり前にやり続けているのがマルベル堂なんです」 説明を聞いているうちに、吉井リポーターの着替えが終わった。80年代好きにはたまらない胸キュン漫画、マルベル堂も登場する『スローモーションをもう一度』のヒロインと同じ衣装。 「わーお! 似合うじゃなーい!」 武田店長の笑顔と歓声で瞬時に吉井も撮影モード、さすがのマルベル堂トーク術。さあ、撮影が始まった。
アイドルのような笑顔やポーズがうまくできるか、心配していた吉井。しかし、武田店長の“マルベル堂トーク”で魔法にかけられたように笑顔がこぼれ、いつのまにかすっかりアイドルになりきって撮影してもらっていた。 そして、仕上がった写真を見てびっくり。 「週末は実家に帰ろうかな。早くお母さんに見てもらいたいです」とたいへん満足した様子だった。 撮影に不慣れな一般の人でも、アイドルにしてしまう、マルベル堂のプロマイド撮影法、いつまでも受け継がれていくことを願いたい。 (取材・文・撮影:志和浩司)