「一万三千円。安くするよ」壊滅したはずの違法風俗が…埼玉県川口&蕨市 混沌のディープタウンを歩く
敷地内にある食料品店に足を踏み入れると、ザリガニや小蟹といった日本人になじみの薄い食材が無造作に並べられていた。パッケージに書かれているのは中国語だ。店を出るとすぐに視界に入ってきた住民用の掲示板には、やはり中国語で書かれたマナーの徹底を促す張り紙が無数に貼られていた――。 【画像】すごい…!ディープタウン「埼玉県川口市・蕨市」で…! 埼玉県川口市の西端にある「芝園(しばぞの)団地」は約4500人の住民のうち、6割近くが外国籍だ。40年近くこの団地に住んでいるという日本人男性が話す。 「昔は日本人がたくさん住んでいたけど、’90年ごろから中国人が増えてきた。今では2300人以上がここで暮らしていると聞く。張り紙の通り、住民のマナーが悪化して困っているよ。団地の中心部にある広場にはビールやチューハイの空き缶が転がっているし、彼らは夜でもかまわず酒盛りをするから、騒音もひどい。誰かはわからないけど幼稚園に家具が投げ込まれたこともあったね。正直、日本人のマナーも褒められたものじゃない。ドサクサにまぎれて日本人も不法投棄しているから。もうカオスだよ……」 団地のゴミ置き場には冷蔵庫や棚などの粗大ゴミが放置され、そこでも不法投棄を注意する張り紙が目立っていた。 池袋から電車を乗り継いで約20分、川口市は、約4万人の外国人が暮らす、日本で最も外国人が多い自治体だ。隣接する蕨(わらび)市も約8500人と、人口の11.2%が外国人。ここ数年でさらに多国籍化が進み、人種のるつぼと化している。 筆者は両市を歩くことで、アジア、中東、アフリカなど実に12ヵ国の人々と出会った。彼らの声に耳を傾けると、地域が抱える難問が浮かび上がってきた。 川口市の協働推進課多文化共生係の担当者によれば、多国籍化が進んだことで「日常生活におけるクレーム(ごみ出し、騒音問題等)が増えている」という。 市内でもとくにチャイナタウン化が著しいのがJR西川口駅周辺だ。高級マンションの建設が進む川口駅付近とのコントラストが一層際立つ。 かつてここは「NK(西川口)流」と呼ばれた、違法風俗が300店舗ほど営業した一大歓楽街だった。しかし、埼玉県警が「風俗環境浄化重点推進地区」に指定し、’06年に一斉摘発が行われたことで街の様子は一変。現在もソープランドなど数軒が残るが、「当時の活気とは比べ物にならない」(商店街組合員)という。 その跡地に大挙して入ってきたのが、中国人たちだった。30年以上この地で暮らす中国人女性が内情を明かす。 「NK流の全盛期は週末ともなると、県内外からお客さんが殺到してね……。黒塗りの高級車が100台近く路上駐車してたよ。でも摘発されて客も店も消えた。テナントがいなくなり、値崩れしたビルを中国人のカネ持ちが1棟ごとキャッシュで買ったんだよ。仲介した不動産屋は駅前にある中国系の会社さ。拠点ができたことで、さらに多くの中国人が移住してきた」 23時を過ぎると、中国人客引き達が街角に顔を出しはじめる。「1万3000円。安くするよ」と声をかけられて付いていくと、既に壊滅したはずのNK流違法風俗店へ案内された。 中国人が管理する雑居ビルの一室では、タイ人女性6人ほどが部屋にすし詰めにされた衝撃的な場面にも遭遇した。すぐ近くにあった別のビルの一室には、日本人を相手に春を売る中国人女性の姿もあった。紹介制で中には入れなかったが、中国人経営の違法カジノが入ったビルの存在も確認した。 これらの違法店は摘発と再出店を繰り返しているという。「西川口はさらに混沌としている」と地元の会社経営者が説明する。 「もともと川口は鋳物の工場が沢山あって、外国人労働者が多い街だった。賭場も栄えていたから、昔から色んなヤクザ者が入ってきて、その分トラブルも多かった。今は金と数の力で中国人がヤクザに取って代わっているけど、最近はベトナム系のギャングも増えているよ」 昨年7月4日、クルド人同士の喧嘩による負傷者が運び込まれた川口市内の病院に、約100人のクルド人が押し寄せた。彼らが緊急外来の入り口を開けようとしたり、大声を出すなどしたため、県警機動隊が出動する騒ぎになり、「乱闘」と報じるメディアもあった。この騒動以来、1000人超のクルド人が暮らす蕨市が、世間の耳目を集めている。 件(くだん)の乱闘報道以降、「クルド人が改造車で深夜に暴走している」「コンビニなどに集まり、大声で話すのが迷惑」などの通報が相次ぐようになった。「ワラビスタン」という造語も浸透。クルド人らを隠し撮りした写真がSNS上などに投稿されるようになった。 JR蕨駅前でFRIDAYカメラマンが撮影をしていると、興奮した外国人グループに取り囲まれた。なだめながら話をすると、彼らは「昨年のクルド人の騒動以来、俺たちは街を歩いているだけで写真を撮られ勝手にネット上にアップされるようになった。『外国人は出て行け』というヘイトそのものの投稿も増えた。その事実は伝えて欲しい」と懇願した。 蕨市ではガーナやナイジェリア、パキスタン人らにも取材したが、彼らの多くは建築や解体業など、現場仕事に汗を流している。慢性的な人手不足に苦しむ仕事に彼らが従事することで、社会が成り立っている側面があることは留意すべきだろう。 ◆「ビッグボス」の告白 蕨市のクルド人は現在、デリケートな局面を迎えている。川口市に拠点を置く「日本クルド文化協会」のトルコ国内の資産が、テロ組織との関連を理由に、トルコ政府から凍結されたのだ(協会は即座に関連を否定)。そのためか取材にも口をつぐむことが多かったが、そんななかで、なんとか筆者はクルド人の間で″ビッグボス″と呼ばれる人物にたどり着いた。 メフメット・タシさんは、’93年に日本に渡り30年になる。彼は約15年前に、クルド系初となる解体業の会社を起業した。彼の会社で修業を積んだ者たちが独立し、その数は100を超える。いわばクルド系解体業の礎を作った人物だ。「クルド人を取り巻く正確な状況を知ってほしい」と、今回、顔と名前を出して取材に応じてくれた。 「まず昨年の病院での騒動は、女性関係のトラブルで生じた喧嘩を止めるため、問題が大きくならないように双方の親族が集まった、というのが正しいです。ですが、日本では100名が集まって喧嘩をしていた、と報道されてしまった。 ほとんどのクルド人は真面目に働いています。中には悪い人やルールを守れない人もいますが、『日本に住むなら生活や仕事でも最低限のルールは守れ』と厳しく伝えています。それでも、仲間とコンビニで話したり、好きな車に乗っているだけで批判を受けることには違和感もあります。私たちも日本人と同じように働いて税金を納めており、私たちにも楽しみは必要だからです。クルド人というだけで、差別を受けている面はあると感じます」 タシさんによれば、この地域にクルド人が集まるようになったことに特別な理由はないという。’90年頃は5~6人のみだったが、親族の繋がりが強いクルド人は、タシさんのような一世を頼りに日本を訪れた。しかし、その多くは日本で苦労を重ねてきた。 「解体の仕事で、日本人から理不尽なクレームを受け、お金が払われない、仕事を飛ばされた、ということもたくさん経験してきました。私達にも生活がありますから悔しいし、ネガティブな感情を持ったこともある。日本で働く外国人の中には同じように感じている人もいるでしょう。でも、日本は建設業などの人手不足を解消するため、『外国人が働きたい国』として選ばれる必要がある。そのために何が必要か政府に真剣に考えてほしい。難民認定がなかなかされず、国を持たないクルド人は他の外国人とは違う。今いる場所で生きていくしかない。だからこそ強く訴えたいんです」 蕨や川口の外国人労働者が共通して打ち明けたのは、日本で受けてきた搾取や偏見の現状だった。そして、「長く住むほど大好きだった日本の見方が変わってしまうことが悲しい」とも訴えた。それは、タシさんも同様だった。 市内には未だ外国人への物件紹介NGという不動産会社も多いのが現実だ。蕨駅前の「思いこみ なくして見つける 多様性」という市の教育委員会が掲げた標語を横目に、人々は足早に歩を進めていった。 栗田シメイ ’87年生まれ。スポーツや経済、事件、海外情勢などを幅広く取材。著書に『コロナ禍を生き抜く タクシー業界サバイバル』。『甲子園を目指せ! 進学校野球部の飽くなき挑戦』など、構成本も多数 『FRIDAY』2024年1月26日号より 取材・文:栗田シメイ(ノンフィクションライター)
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