「曖昧な他者の存在を捉えたい」──山中雪乃の描く、私と他人のリアリティ
ディーゼルと山中雪乃のコラボレーションアイテムも販売中
2023年春に大学院を修了したばかりだが、すでにアートシーンで広く注目を集めている美術家・山中雪乃。東京・渋谷の「ディーゼル アート ギャラリー」で開かれている新作個展「POSE」の会場で、彼女に話を聞くことができた。 山中雪乃の作品をチェック!
光で白飛びしたような女性が、意味ありげなポーズと表情でキャンバスに大胆に描かれている。2023年、美大の大学院を修了したばかりの24歳・山中雪乃が描く作品だ。流れるようなストロークや滴り落ちる絵の具の痕跡など、絵画的な要素を活かしながら、山中の眼に映るどこか曖昧な人間の存在や現実を画面に写し出している。 本展をキュレーションしたギャラリー「CON_」のディレクターHisatomo Katoは、「山中さんと同世代のアーティストと接することが多いが、生まれた時からインターネットを利用でき、中高生になるとインスタグラムなどのアプリを使うことが当たり前にあるなかで育っている。視覚的なものや画像を捉える感覚、アウトプットされる画像の質感は、その世代特有の感覚があるのかもしれない」と言い、山中自身も「大量にポストされた、嘘か本物かがわからないイメージに触れながら生きている感覚が、今、私だけでなく多くの人にあると思う」と話す。 現在、東京・ディーゼル 渋谷のアートスペース「ディーゼル アート ギャラリー」では、彼女の新作個展が開催中だ。タイトルは「POSE」。今回の展示や創作背景にあるものを、山中本人に聞いた。 ──過去の作品を見ても人物がメインモチーフになっています。やはり人間に興味があるのですか? 思い返すと、昔から人物に興味があったのだと思います。おそらくみなさんも、小さい頃、絵を描いた経験として、漫画やアニメのキャラクターを描いて遊ぶことがあったと思います。私もそうで、キャラクターの顔や表情を描くことが好きでした。そういった経験が積み重なって、人間を描くことに興味が出てきたように思います。大学に入って最初の自由課題で描いたのも人物です。 ──描き方が変わったのは、何かきっかけがあったのですか? 描き込んだ絵に、後から描き直すつもりで画面をブラシで掃く作業をしてみたことがあったんです。絵をそのまま放置していたら、だんだん心地よくなってきて。その状態のまま絵が完成したと判断してみたんです。それがひとつのきっかけです。具象的な表現と抽象的な表現が、モチーフと背景で分離されるのではなく、一つの物体として収められたという実感がありました。また、空白を用いることで、その場所でなにが起こっているのか想像させる余地を与えることができたので、自分以外の人が見てもリアリティのある絵になったと思いました。 ──山中さんの絵は、人物の皮膚、境界が溶けているような浮遊感や曖昧さが魅力的です。海外だと性教育を学ぶ際に、まず自分と他人の間には境界があって、だから自分ではない他人に断りなく触れてはいけないと教えられるそうです。それはアイデンティティの問題でもあると思いますが、山中さんの作品は、そのナイーブさを感じさせます。 ありがとうございます。確かに私は、作品を制作する際、自分と他者との境界について意識的になって考えています。自分がいて、その周りに他者がいる──その他者を理解してみたい、人間や他の存在を理解したいという気持ちが絵を描く動機のひとつになっている部分があります。 ──被写体は架空の人物ではなく、特定の方ですか? はい。特定の人物がいます。絵画のモチーフになって下さる方をSNSで募って、モデルをしていただいています。そうして出会った方を何度も被写体にすることもありますし、自分自身を描くこともあります。今回の個展でいえば、指の間から目を開いている絵は私自身です。ただフラットな目でこれまで描いてきた絵を見ると「この絵とこの絵は本当に同じ人?」ってわからなくなるときもありますし、全部同じ人に見えるときもあります。イメージとしてそれが他人なのか自分なのか、その境界が曖昧になるときがあるというのは、制作を通してあらためて気づいたことです。 ──制作のプロセスで一番時間がかかるのは? 私の場合、写真を撮らせてもらったり、それを編集したりするなどの取材に時間をかけています。どの位置にどのような人物のかたちとと余白があって、どんなストロークがあったら面白いかとイメージを固めていきます。その過程にかなりの時間を費やしますね。絵を描き込んでいく作業は、心地のいい余白を作ることや、ストロークに速度を持たせるように心がけているので、あまり時間をかけすぎないようにしています。 ──「POSE」という印象的な言葉のタイトル、この言葉に込めたものを教えてください。 私の絵に登場する派手なポージングをしている人物像が、意味ありげに、広告のように見せているところとリンクする言葉ではあると思います。ただ私にとっては「POSE」がもつ「見せかけ」という意味合いに惹かれるところがあります。描かれた対象が、表面上では派手なポーズをしているけど、作者や鑑賞者から見たら別の意味を持つかもしれない。写真で見たり、遠くから見た時に一枚の絵画として強く提示されてしまっているイメージの表面をくぐり抜けて、実際に近くで見た時に感じられるであろう、アブストラクトな表現から引き起こされる曖昧でとらえにくい意図を自分で想像できる機会になったらいいなと思っています。また、たとえば絵の中にある余白と人物の関係、絵と絵の関係が何を生み出すか、そういうことも見てもらえたらうれしいです。 ──今回、初めて立体作品にも展示しています。立体と絵画との間に特別な関係があれば教えてください。 見せかけというタイトルの意図に合わせて、偽物のお城の中に入ってきたような空間にしたいと計画したことがきっかけになっています。会場の入り口をアーチにしたり、作品の中心に噴水を模した立体作品を設置したりしました。本来部屋の外にあるようなものを室内に持ち込むことで、内側にいるのか外側にあるかわからない状態を展示空間に作りだせないかと考えて制作しました。噴水は、絵画の中には登場しない髪の毛や、足のパーツを立体作品で補填しているイメージです。足のパーツは、人がさっきまで履いていたブーツのような気の抜け方をさせたり、噴水の外枠に捕まったままになっている手袋と落ちている手袋を置いたりして、そこに人がいるのかいないのか不確定な状態を作っています。 ──最後に、今後チャレンジしたいこと、今考えている作品の展開を教えてください。 今回の個展では、2枚でひとつの絵になる作品を置いています。それはキャンバスとキャンバスの間の空白を想定した状態で制作しました。本来そこにあったはずのパーツが、画面と画面の空間に切り取られることによって、顔の表情などの形状を保ったまま、さらに余白を作ることができました。 最近では、目や顔を全く描かない作品にも挑戦したりして、どれだけ絵の形状を保ったまま人の気配を消していけるか実験していたのですが、このキャンバスの間に空間を持たせた作品は、そのひとつの転換点となる作品かもしれないと思っています。今までは画面の中に空白を作ったり、ぼかしたりして、鑑賞者の想像力でイメージが補完させるような作品を描いていましたが、画面の外に余白を設け、モチーフを隠し、同時に何か生み出せるような方法を見つけたなと思って。さらにその新しい展開も考えていきたいです。 なお、ディーゼル 渋谷およびディーゼル アート ギャラリー公式オンラインストアでは、ディーゼルと山中雪乃のコラボレーションアイテムも販売中だ。あわせてチェックしたい。 山中雪乃 1999年、⻑野県生まれ。2021年京都芸術大学卒業、2023年同大学大学院を修了。制作過程で生じる物理空間から情報空間への視点の移動により、描かれたイメージがモチーフの持つ質感と離れた瞬間の、そのものが持つ本来の姿を想像させる絵画を制作している。近年のおもな展覧会に「silhouette」(銀座 蔦屋書店、2023年)、「silence and innocence 」(biscuit gallery、2023年)など。 山中雪乃「POSE」 ・場所:DIESEL ART GALLERY 東京都渋谷区渋谷1-23-16 cocoti B1F ・会期:2023年12月2日(土)~2024年1月16日(木) ・☎03-6427-5955 https://www.diesel.co.jp/ja/art-gallery/ 文・松本雅延 写真・ Ryo Yoshiya(ITEM以外)