意外な場所で「日本の個人タクシー」発見! なぜ気合い入りまくりの「ティアナ」存在? 北京で見た光景とは
構想2年!ついに完成した個タク仕様の「日産ティアナ」
先日中国・北京を訪れた際、意外な乗り物に遭遇しました。 北京市内のレストランの前に日産「ティアナ」の個人タクシーがとまっていたのです。 【画像】「えっ…!」なぜ北京に個人タクシー? 画像を見る! 屋根の上には黄色い「個人」の行灯が載っています。 なぜ日本のタクシーに北京のナンバーがついていますが、走っているにでしょうか。
外観は白地に青いラインの個人タクシーでボディには「富井タクシー」と書かれています。 よく見ると他のステッカー類もすべて日本のタクシーと同じです。 「これはいったい何?」と思っため、オーナー(Wilhelm Fangさん)に話を聞いてみました。 ―― なぜ、ティアナを個人タクシー仕様にしたのですか? 日本の個人タクシーを認識したのは、小さい時に遊んでいたトミカのクラウンマジェスタ個人タクシーが最初でした。 白い車体に青いストライプというカラーリングがカッコよくて、お気に入りのトミカでした。 それから15歳の時に初めて日本に旅行で訪れた際、実際に東京の街を走る個人タクシーを見て昔遊んでいたトミカと同じタクシーの実物が目の前に現れた事にとても感動しました。 ティアナは元々家にあったクルマで古くなってきた事もあり、そろそろイジっても良いタイミングだろうと考えて実行に移しました。 ―― これまでどのようなクルマに乗ってきましたか? 基本的に古いクルマが好きなので、学生時代に半分置物として買ったメルセデスベンツ560SEL(W126)(過去所有)、アウディ200(C3、中国専売車)、フォルクスワーゲンサンタナ(B2)、マーキュリーグランドマーキー(過去所有)。 メルセデスベンツ190E(W201)(オーストラリア留学時に所有)、メルセデスベンツE200K(W210)(過去所有)、アウディ100(C3)、アウディ200(C3、本国仕様)、そしてA6 Allroad(C8)(家の車)です。 ―― ティアナは発案から完成までどれくらい時間がかかりましたか? 2年前くらいから、友人(KK)と日本の働くクルマを中国で再現したいという計画を立てていました。 元々の色は黒だったので、とりあえず簡易的な赤色灯で覆面パトカー仕様などもして遊んでいましたが、塗装がやれてきたのでオールペンついでに色を白に変え、個人タクシーを作ろうという運びになりました。 ―― 最も苦労したカスタムはどこですか? なんといっても車体のステッカーになると思います。 友人(KK)が一時帰国する度(合計3回)に少しずつ、乗車した個人タクシーの中で撮ったり、休憩中の運転手さんにお願いして採寸させて頂いたステッカーもあります。 近年は私が東京旅行した際にステッカーの大きさやディテールを、迷惑にならないよう道路脇に駐車している車体を撮影し、何度も大量の資料や画像と見比べながら、友人(KK)と私で画像をステッカーに起こしました。 意図を理解してくれる実家が印刷業の親しい友人などにもお願いしてディテールアップしていきました。 ある意味1/1スケールのプラモデルみたいなものです。 ―― こだわりの部分を教えてください。なぜ、そこにこだわりましたか。 ディテールに拘っているので沢山ありますが、アイテムで言うと日産純正のハーフレースのシートカバーや、でんでん虫マークの行燈。 こういった物は作ろうと思えば、中国でも似たような物は作れると思いますが、本物のタクシーに使われた“本国パーツ”のほうがワクワクするものです。 “富井タクシー”の名前は幼少期から(現在まで)TOMYのミニカーで遊んで来た事、そしてトミカあっての自動車に強い関心を持てた事に基付いてネーミングしました。 また、車内の広告には私自身が好きなコンテンツの広告、東京ディズニーランドやテイラー・スウィフトの日本ライブツアーの広告など、違和感なく自身の好みを反映させています。 ―― ティアナはもともと所有していましたか?ティアナの魅力を教えてください 家族が新車で買いました。小さい頃は乗り心地の良いセダンという印象でしたが、後にカタログや当時の資料などで「おもてなし」という言葉を知り、当時の日本らしさ溢れる開発コンセプトに感銘を受けました。 エクステリアセフィーロやローレルなどから継承されたセダンらしい優雅なフォルム、J32型のティアナはある意味最後の純粋なティアナだと感じています。