『放課後カルテ』牧野の優しさに説得力持たせた松下洸平 名演見せ続けた子役たちの卒業
「自分の体と心を大切に扱うのは、基本だが、案外難しい。無理や我慢はせず、人に頼ることを恐れず、これからも健康でいてほしい」 【写真】篠谷(森川葵)と話す牧野(松下洸平) 児童たちが帰宅し、静まり返った放課後。牧野(松下洸平)が保健室で黙々と作成していた児童一人ひとりの“カルテ”には、そんな温かい言葉が添えられていた。 ついに最終回を迎えた『放課後カルテ』(日本テレビ系)。思えば、このドラマは学校医として小学校に赴任してきた牧野が、「保健室にはなるべく来ないでもらいたい」と児童たちに言い放つ場面から始まった。その上、仏頂面で態度もでかく、みんなから恐れられた牧野。今なら分かる。あの言葉にも、牧野なりの優しさが隠されていたということを。 だけど、伝え方や態度は案外大事で、「この人は味方でいてくれている」という安心感が、人が前に進むきっかけになるのだと牧野は児童たちから教わった。不器用なだけでもともと優しい人だけど、より一層心を尽くすようになった牧野だから貴之(塚本高史)も心を開いてくれたのではないだろうか。 貴之といえば、かつて牧野が担当した患者・真琴(三浦綺羅)の父で、気持ちの行き違いでトラブルになってしまった相手だ。産休中だった養護教諭の岩見(はいだしょうこ)の復帰が決まり、6年生の卒業とともに保健室を去ることになった牧野だが、病院へ戻る前に親子と向き合う必要があった。 真琴が「胸の痛み」を隠していることを知った牧野は、小児科医局長の高崎(田辺誠一)に許可を取って彼の自宅を訪ねる。以前と変わった牧野を見て、貴之が静かに語り出したのは亡き妻・雅(大沢あかね)のこと。雅は呼吸器疾患の手術を受け、まもなく退院する予定だったが、新型コロナウイルスに感染したことで亡くなったという。 もう4年前。いや、たったの4年前とも言える。新型コロナウイルスは私たちの日常を一変させ、多くの人が命を落とした。当時は感染予防の観点から家族でさえも病院に立ち入れず、大切な人を看取ることも、遺体と対面することも叶わなかった。どれだけ多くの人が、貴之や真琴の死を実感できないまま苦しんだことだろう。それでも、無慈悲に“明日”は訪れる。辛くとも前に進むため、真琴が心の支えにしていたのが雅と最後に交わした「すぐに帰ってくるから、真琴も元気でいてね」という約束だった。 約束は未来への希望になる。それは、これまで本作が全話を通じて描いてきたこと。だけど、時に約束は呪縛になることもある。真琴が検査では異常がないにもかかわらず、何度も胸の痛みを感じているのは、「病気になってはいけない」という意識からくる症状だった。 そんな真琴に、牧野は6年生と篠谷(森川葵)に協力を頼み、開校150周年記念祭で紙人形劇を見せる。遠くへ行ってしまった母グマと元気でいることを約束し、弱音が吐けなくなってしまった子グマの物語を通じて、牧野が真琴に届けたかったのは、雅が彼に伝えたいであろうメッセージだ。 「どこか痛いときは、『痛い』って言っていいの。『助けて』って言ってもいいんだよ。たくさん力を借りて、時にはあなたが力を貸してあげて」 日本人の多くは子どもの頃、「人に迷惑をかけてはいけない」と教わる。だけど、そのせいで何かに悩んでいても、一人で抱え込んで苦しんでいる人が大勢いるように思う。そんな私たちに、本作は「子どもも大人も、もっと周りを頼ってもいい」ということを教えてくれた。“あなた”が苦しむことを“あなた”を大切に思う人は望んでいない。“あなた”が笑顔でいてくれることが一番嬉しいのだから。 「痛かった。寂しかった」と貴之にこれまで言えなかった気持ちを吐露する真琴。雅がいなくなってから止まっていた時計の針が動き出す。それだって、牧野だけの力じゃない。口下手で不器用な牧野の代わりに、篠谷が伝え方を考えたり、絵を描くのが得意な6年生が紙人形を作ってくれたりしたから。でも、みんなが協力してくれたのは牧野に対するお礼でもある。 最初は牧野を怖がって、誰も保健室に近づこうとしなかった。だけど、“真心”は相手に伝わるもので、牧野の嘘をつかない正直なところ、文句を言いながらも、困っている人を放っておけない優しさは児童にも伝わり、いつしか保健室は賑やかになっていった。卒業式の日、牧野が保健室に行くと、机に置かれていたのは6年生からのプレゼント。一枚の画用紙に、児童からのメッセージと手形のスタンプが添えられている。いつの間にか大きくなった手。それぞれが歩んできた道のりは決して平坦なものではなかったけれど、牧野をはじめ、たくさんの人に支えられて一歩ずつ前に進んできた。 ぶっきらぼうだけど、純粋な子どもたちが「この人は味方だ」と信じ、安心して自分を委ねられる不思議な力が牧野にはある。台詞がなくても、その表情や佇まいだけで“真心”を伝えられる松下だからこそ、そこに説得力があった。 担任の篠谷にもクラスの生徒たちからテスト用紙風の寄せ書きメッセージが渡される。そこには「いつも私たちを見てくれていてありがとう」という言葉とともに、100点の花丸が。篠谷は決して要領が良い方ではない。だけど、毎回一人ひとりのテスト用紙にメッセージを添え、みんなを見ているということを伝えてきた一生懸命で頑張り屋な篠谷のことを生徒たちもちゃんと見ていたのだ。 教室で子役たちが見せた涙は演技ではなく、本物の涙のように感じる。本作は子役の力が大きい作品で、彼ら彼女たちが見せる名演に何度泣かせられたことだろう。たった3ヶ月だけど、みんなの成長を1年間、牧野と一緒に見守らせてもらった気分にさせられた。『放課後カルテ』を“卒業”し、未来へと羽ばたいていく子役たちの活躍にも注目していきたい。 ラストでは、牧野が町の保健室を始めたことが明かされた。何かに困ったときや苦しいとき、誰かが手をそっと差し伸べてくれる保健室のような場所がこの世界の至るところに溢れることを祈っている。
苫とり子