『さよならマエストロ』が描く家族とコミュニティの再生 西島秀俊がかける音楽の魔法
1月14日にスタートした『さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~』(TBS系)の第1話となる長めの第1楽章では、インパクト十分の導入部から管弦楽の勇壮なハーモニーを奏で、作品を貫く家族の再生という主題が現れた。 【写真】指揮をする燕尾服姿の西島秀俊も 『さよならマエストロ』第1話場面カット(多数あり) ベートーヴェン先生、つぶれかけのオーケストラ、富士山、地方都市の窮状、カニ、ティンパニ、冷え切った夫婦仲、「パパのせい」、音楽、そして家族。音楽の都ウィーンで始まった物語は、富士山の見える地方都市の晴見市に流れ着いた。 本作の主人公・夏目俊平(西島秀俊)は元指揮者。若くして世界を舞台に活躍していた俊平は、5年前に起きた“ある事件”がきっかけとなって表舞台を去った。家族と離れて暮らしていた俊平は、仕事で日本を離れる妻・志帆(石田ゆり子)に代わり2人の子どもの面倒を見るため帰国する。しかし、長女の響(芦田愛菜)は俊平を目にした瞬間、表情をこわばらせた。 親子の葛藤という古くて新しいテーマをどう描くか。伝統枠の日曜劇場で本作が採った手法は、コミュニティの再生を副旋律として重ねることだった。突然始まった子どもたちとの同居生活は、市民オーケストラ「晴見フィルハーモニー」の指揮者就任というおまけ付き。市役所職員でファゴット奏者の古谷(玉山鉄二)に懇願されて、一度は断ったもののなんとなく気になってオケの練習を見に行ってしまう俊平……。 子どもたちに「音楽はやらない」と宣言した舌の根も乾かないうちにオケの指導をしてしまう俊平は、人が良いというか、意思が弱いというか、音楽のことになると自分を抑えられない性格のようだ。トランペットの森大輝(宮沢氷魚)にスタッカートの切り方を指南したかと思うと、音が乱れている楽団員に周囲に耳を傾けることや、楽曲の意図に思いをめぐらせることの重要性を説く。俊平の指導によって晴見フィルの演奏は一変した。
修復不可能な響(芦田愛菜)と俊平(西島秀俊)の親子仲
極めつけはティンパニー奏者、内村菜々(久間田琳加)との会話だ。高校時代、自身のミスがきっかけで全国大会への出場を逃した菜々は、それ以来、音を出すのが怖くなってしまった。ベートーヴェン作曲交響曲第5番「運命」冒頭のフレーズが自分を責めているように聴こえる菜々に、俊平は「その解釈はとてもおもしろい!」と予想外の反応を示した。 誰もが知る有名な交響曲も見返すたびに新たな発見があると俊平は言う。否定のテーマから入る「運命」第1楽章。フレーズを反復しながら転調の契機をつかみ、内なる対話を通して肯定と否定を織り重ねていく。俊平は菜々の中に音楽への愛情を見出し、菜々も自身の原点を思い出した。俊平の言葉はまるで魔法のようで、俊平自身も心から音楽を楽しんでいた。けれど響だけは、そんな俊平を苦々しい思いで見つめていた。 響と俊平の関係は絶望的だ。思春期の娘や息子が親に反発するのはよくあることだが、20歳で社会人の響と俊平の間には修復不可能な断絶があって、どこから手をつければいいかわからない。響がこれほどまでに俊平を嫌悪する理由が5年前の事件にあることは確かで、俊平もそれがあって指揮棒を手放したにもかかわらず、いまだにその傷は癒えていない。娘の気持ちに寄り添おうとするがピントがずれている父親と、反発しながらもどこかわかってほしい気持ちがあり葛藤を持て余す娘のボタンのかけ違いを、西島秀俊と芦田愛菜が絶妙なさじ加減で演じている。怒りのオーラを発する芦田の芝居は、画面を超えて伝わってくるものがあった。 廃団が決まったオーケストラと壊れてしまった家族。運命の出会い/再会は、裏で手を引いている存在も示唆されて波乱含みだ。何はともあれ長男の海(大西利空)が言う「止まっていた時間」は動き出した。突然の転調に備えつつ、次週の第二楽章を待つことにしよう。
石河コウヘイ