バイト掛け持ち→億万長者 “15億円”を手にした前田けゑの逆転人生「血の繋がってないおばあちゃんの家に養子入り」
バイト掛け持ち→億万長者に…「嬉しくないって言ったら嘘になります」
そして、2012年、養母が91歳の時、体調が突然悪化し、亡くなった。養母と親子になって5年が過ぎた頃だった。前田は、突然の死に戸惑い、現実を受け入れられなかったそうだが、続けざまに感情を揺さぶる出来事が… 「(亡くなった)次の日ぐらいから会計士さんが来て、養母が亡くなる前からこの家の資産これぐらいというのを亡くなったら(養子に)教えてって言われていたやつがこれです』って バーッと見せられて、総資産15億円みたいな数字だったんで、マジかっていう感じで本当に。おおっていう。15億円っていう資産には驚いたし、自分なんだっていう驚きと、すごいことになってしまったなっていうのはあります。嬉しくないって言ったら嘘になります」 バイトで食いつなぐ生活を送っていた前田が、突如、億万長者に。しかし、このことを妬む人もいたそうだ。 「その養子に入ったおばあちゃん側の周りが1円も貰えないってことに多分不満があったと思うんで、僕1人しかもらえないってことを皆さん知らなかったみたいで、お葬式とかに『いくらくれるの?』とか『5000万くれ』とかそういうのをお葬式の時に言われました。引きますよね。マジで引きましたけど、僕もちょっとムッとして。『今そういう話をする時じゃないですよね。そんなの渡せません』って突っぱねましたけど」 相続税の支払いなどはあったものの、およそ10億円が前田さんの手元にやってきた。 「何か使わないとっていう罪悪感があったんです。自分だけ相続して、自分だけ幸せみたいに見られるのが嫌だから、みんなに奢ったりしないとっていう変な罪悪感があって。奢ったりしていたら、だんだんその奢っているのが当たり前みたいになってくるじゃないですか。それにまた嫌になってきて、なんで当たり前みたいにするの?って。変な感じでおかしくなってきて」 さらに、ネットの投資詐欺にもあったそうだ。 「1760万。だから使える金額が増えてるし、入金するのが今スマホでピッピッってできるじゃないですか。だから外国の方とコロナ中にネットやSNSとかで知り合って、投資教えてもらって、 シンガポールの人と香港の人に色々とやりとり教えてもらって、このアプリでこうやってやるんだよって教えてもらって、入金とかももう携帯で寝転びながらピッピッってやって1,000万増えたみたいなことやってて、よし、儲かったなと思って引き出そうと思って、出金お願いしますって言ったら そのアプリ消えましたからね。詐欺だったんだって。やっぱそんな簡単にお金って送金しちゃダメだなって。めちゃくちゃもう猛省しました」 その後、お金との向き合い方を見つめ直した前田。現在は、遺産で建てたマンションの家賃収入や、飲食店経営などで資産を増やし、20億円を超えるそうだ。裕福な生活を手にした前田だが、得たもの、失ったものが、それぞれあると言う。 「何かやりたいというときに助けることができるパワーを持っているということでは幸せだと思います。食べたいものは食べれる。お金は入ってくる。毎日重労働をせず、自由な時間でお金が入ってくる。これは多分幸せなこと。あともうちょっと言うと親、お母さんだったり、家族、友達、周りを助けることができる。失ったものはバイタリティだったり、やる気だったりの心です。本当にもっとテレビに出たいとかもっと仕事欲しいって言って駆けずり回ってたはずなんですよ、僕はそのやる気とかバイタリティは完全に半減してます。それが彼女とか友達とか、人に対するバイタリティも半減しているのかもしれないなっていうのが失ったものかもしれないです」 前田は、今すぐにでも結婚したいそうだが、5ヵ月前に別れた彼女を最後に恋人はいない。 「(前の彼女から)僕のことが信用できないと言われました。俺が!?と思いました。俺のことが信用できないんですか?みたいな。だから多分女性からしてもお金というか資産、お金を持っている人だから他にいっぱいいるでしょ?って思ってるかもしれないです。どんだけ真摯に誠実にアピールしても、僕が女友達とかと連絡を取り合ってたり、ご飯を食べてたりすると、不誠実になっちゃうんですよね。私だけじゃないじゃんみたいな。多分そうなってたんだと思います。対女性とかに昔より自分のアピールの仕方が下手になっている気がします。昔だったらお金なかったからがむしゃらに芸をやったり、自分の良さを一生懸命アピールして好きになってもらおうとしてたんですけど、どこかでGUCCIを着て、GUCCIのカバンを持っていたら金持ちってわかるでしょ?みたいな。そういうのを多分見透かされてるんじゃないかなっていう」 養子になることを決断したことで一変した前田の人生だが、養母、そして祖母への思いは変わらない。 「もちろん感謝しかないです。なんで僕を選んだのかなっていうのは、もう本当に感謝しかない。だって何もなかったです。本当に性格も悪かったと思うし、自分のおばあちゃんが名古屋のおばあちゃんにプレゼンしてなかったら、金髪のろくでもない奴だったと思います。本当に音楽売れてもないのにプライドだけ高くて東京で行って、親にも仕送りできなくて、25で、それをおばあちゃんが僕のこと大好きだったからプレゼンしてくれる。『いい子だよ、この子はほんと根ははいい子なんだ』ってプレゼンしてくれたわけじゃないですか。ご縁ですよねって」 (『ABEMA NEWS』より)
ABEMA TIMES編集部