写真:現代ビジネス

原爆の惨禍を現代に伝える広島の平和記念資料館。2019年にリニューアルされた展示は、一枚の印象的な写真で始まります。撮影可能にもかかわらず、ここではスマホのカメラを向ける人は皆無。「撮ること」「撮れないこと」とは何なのか？さらに、SNS時代に平和を伝えていくことと「写真」はどのように関連するのか？　資料館を設計した丹下健三の意図に着目しつつ考えていきます。建築写真家/ライターの大山顕さんによる画期的な写真エッセイ『撮るあなたを撮るわたしを　自撮りとスクショの写真論』刊行を記念して「群像」9月号に掲載された論考「平和記念資料館は“カメラ”であるー広島を貫く光軸と祈りの方角」から記事の前半を抜粋して公開します。

「撮ることの困難性」

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たいていの観光地には自撮りをする人がいるのに、ここでは見られない。広島の平和記念公園。写真を撮る人自体は多い。みんな慰霊碑の前でスマホを掲げ、慰霊碑越しの原爆ドームを写真に収める。しかし、小一時間ベンチに腰掛け観察していたが、自撮りをする人は現れなかった。もっとも、このときはまだコロナ禍の余韻が残る2022年のはじめで、人が少なかった。翌年の主要先進国首脳会議(G7サミット)をきっかけに、観光客も急増しているというから、もしかしたら現在は違う光景が見られるのかもしれない。 ぼくがひさしぶりに広島を訪れたのは、2019年にリニューアルが完了した広島平和記念資料館の展示を見るためだ。前回ここを訪れたのは30年以上も前。恥ずかしいことだが、展示の内容をほとんど覚えていない。あのときのぼくといまのぼくはまったく違う人間と言っていい。結婚し、子どももいる。間違いなく、感情を揺さぶられるだろう。 本館の展示は一枚の写真からはじまっていた。当時中国新聞社のカメラマンであった松重美人によるものだ。原爆投下のすぐあと、8月6日午前11時ごろに撮られた。子どもたちが橋の上にかたまりしゃがみ込んでいる。 キャプションにはこうある。 御幸橋には 大火傷を負って逃れてきた負傷者が群がっていた。 カメラを構えたが、シャッターが切れない。 二十分ほどためらい、 やっとの思いで、一枚目のシャッターを切った。 ぼくは衝撃をうけた。まさか、展示が「撮ることの困難性」からはじまるとは予想もしていなかった。これは資料館の存在そのものに対する批評にもなっている。つまり、悲劇を記録し見せること自体に対しても意識を向けさせているのだ。この時から広島滞在中ずっと、写真を「撮れない」とはどういうことかについて考えた。 新しい展示は、子どもに焦点をあてたものになっており、最後まで見るために体力と気力を必要とした。とても消耗したが、来てよかったと思った。展示を見ながら、同時に別のことにも興味をひかれていた。来館者の多くが、写真を撮っていないのだ。