神田伯山と黒沢ともよがリスペクトを交わした『クラユカバ』唯一無二の〈声〉表現
あらためて実感した講談と声優の違い
――伯山さんは演じるにあたって、主人公の荘太郎にどんなイメージを持ちましたか。 伯山 『探偵物語』の松田優作さんだとか、僕の世代的には『古畑任三郎』とか『金田一少年の事件簿』とか『ケイゾク』とか、そういう系譜の流行ったドラマは多いですよね。そういった作品に登場する、ちょっとニヒルで影があって、でも芯は真面目で……荘太郎はそういう王道の探偵の空気を背負っている、探偵ものが好きな人たちが好きな探偵だなっていうイメージを受けましたね。 ――黒沢さんからご覧になった、伯山さんが演じた荘太郎の印象は? 伯山 いやいや、やめてください、そんな質問! 目の前で答えを聞くのが辛い!(笑) 黒沢 (笑)。今回は収録でご一緒はできなくて、私はほとんどのシーンを先に伯山先生に録っていただいた声を聞きながら演じさせていただいたんですが、何というか、私には“正解”しか残されていなかったという感覚でした。「これ、穴埋め問題じゃん」みたいな感じで。 ――つまり伯山さんの演技に合わせて自然に演じることができた、伯山さんの荘太郎がそのくらい素晴らしかった、と。 黒沢 そう、逆に「これ、どうやって録ったんだろう?」って知りたくなるくらい素晴らしかったです! 伯山 本当ですか? いやぁ……僕はプロの声優さんではないから、台詞のやりとりとか上手くできない。実際には台詞をひとつずつはめていくようなやりかたでやらせてもらったんですよ。例えば“あれ、おかしいぞ?”みたいなニュアンスで言う「ん?」のひとことを、15回くらい録り直したりとか。 黒沢 ……凄い! 伯山 でも、そんな風にやってもらえるのが嬉しかったです。こちらからもお願いしたんですが、本当に妥協なくやってくれて、講談の勉強にもなりました。「そうか、『ん?』というだけでこんなに何パターンもあるんだな」って。 黒沢 わかります。それは逆に、とても贅沢な収録ですよね。その現場、一緒にいたかった! 伯山 いやいや、黒沢さんもきっとその場にいたらチラチラ時計を見ていますよ(笑)。でも、そのくらい声優さんってめちゃめちゃ奥深いんだな、と……いや、知ってはいたけれど、それにしても凄いなって肌で感じました。 黒沢さんに限らず今回出ていらっしゃる超トッププロの人たちは皆さん、ひと声でそのキャラクターの世界を表現しちゃうじゃないですか。感服しました。 ――伯山さんは普段、講談で「語る」というお仕事をなさって、その中でいろいろなキャラクターを演じ分けています。今回は声優としてひとりのキャラクターを声で表現しますが、そこに違いはありましたか。 伯山 これは、ものすごく明確に違いがあって。声優さんって120%、声だけでいろいろな感情を伝える商売だと思うんですよ。僕ら講談師は、感情をがっと入れるところもあるのですが、イメージで言うと感情表現を60%くらいにしないと逆に物語がお客様に届かないジャンルなんです。 全部に120%の感情を入れると、アニメの場合は素晴らしい表現になるけれど、講談だと全体的に少しうるさい作りになっちゃうみたいで、うちの師匠も凄く大事な台詞をあえて棒読みにしちゃう時があるんです。そうするとお客さんが勝手に想像で補って、自分の一番グッとくる台詞として受け取ってくれる。そんな不思議なことが起こるから、講談にはずっとは120%は出さないっていう文化があるんです。 黒沢 じゃあ今回は、逆に120%出すことを意識なさって? 伯山 そうなんです。アニメなのでそのつもりでやってはいるんですが、ただ、荘太郎がニヒルなキャラなので、何が120%なのかよくわからない(笑)。どこまでやっていいのか塩梅が本当に難しかったし、改めて声優さんは凄いなと思いました。でも、その試行錯誤が楽しくもありました。 ――本編を拝見すると、伯山さんの声と演技から荘太郎という人物像が鮮明に伝わってきましたし、伯山さんが演じているという個性も感じられて、とても魅力的でした。 伯山 そうでしたか? それならよかったなぁ。