翌日は警視総監の交代日だった…公安のベテラン幹部が語る「桐島聡の実名告白は勝利宣言だった」の真意
’70年代に社会を震撼させた連続企業爆破事件を引き起こした「東アジア反日武装戦線」の元メンバーで、爆発物取締罰則違反容疑で全国に指名手配されながら唯一、逃亡を続けていた桐島聡を名乗る男が’24年1月30日、神奈川県内の病院で死亡した。末期の胃がんを患っており、「自分は桐島聡だ」と名乗った時にはすでに重篤な状態だった。49年の長きにわたる逃亡劇の末に、本人が死亡したため事件の全容解明の道は絶たれた。極左暴力集団などによる事件を長年にわたり捜査してきた公安警察のベテラン幹部たちは、「名乗ったのは本人の勝利宣言のようなものだろう」と告白の真意を読み解いている。 【写真をみる】「あっ!」もしかして……近くに潜んでいるかもしれない「13人の重要指名手配犯たち」 東アジア反日武装戦線は反帝国主義・反植民地主義を主張し、’17年に病死した元死刑囚・大道寺将司らが1973年に結成した。海外進出を進めていた企業について、植民地主義的な活動をしており許しがたいとして次々と爆破。’74年の三菱重工ビル爆破事件では8人が死亡、約380人が重軽傷を負ったほか、三井物産や大成建設など計12件の爆破事件が相次いだ。 こうした事件を敢行していた東アジア反日武装戦線は「狼(おおかみ)」「大地の牙」「さそり」の3グループで構成され、桐島容疑者はさそりのメンバーだった。さそりのネーミングは、小さな体でも毒で巨大企業を倒すといった意味が込められていたという。ちなみに、狼は巨大企業による資本主義の発展で環境破壊が進み絶滅させられたニホンオオカミを指し、大地の牙については、国家や巨大企業によって大衆のよりどころである大地が奪われるのを防ぐため牙をむいて戦うという意味だという。 桐島容疑者をはじめとした指名手配犯たちについて、全国の警察本部は毎年11月を「指名手配被疑者捜査強化月間」と位置付けて追跡捜査を強化。指名手配犯の発見、逮捕に取り組んでいる。しかし、当然のことながら月間だからということで有力な情報を収集できるというわけではなく、成果が上がっていないのが実情だ。 指名手配犯の捜査強化の月間の仕事として公安警察の幹部は、「必ず旅舎検を行う」と説明する。旅舎とはホテルや旅館などの宿泊施設を意味し、こうした施設を検査することだという。 「月間にはホテルや旅館などの宿泊施設を訪問し、宿泊者のうち不審者の有無などについて協力を求める。そのほか住み込みの従業員を雇っている企業回り、マンションやアパートを仲介する不動産屋回りなどで手配犯の発見に努める。ただ、有力な情報はなかなかない」 桐島容疑者は’75年5月に指名手配されてから約49年間にわたって行方をくらませた。逃亡生活のうち40年以上にわたり、「内田洋」と偽名を名乗って神奈川県藤沢市内の土木会社に住み込みで働き、追跡捜査の網の目から逃げ続けることに成功していた。桐島容疑者が潜伏していたのは、まさに警察がマークしてきたはずの住み込みの従業員がいる会社だったが、発見することはできなかった。 別の公安警察の幹部は、「桐島と名乗ったのは末期がんを患っていたために、『桐島で死にたい』と発言したと報道されている。これは最後に人間味があるところを見せたという受け止め方もあるが、そうではなく全国の警察に対する勝利宣言ではないか」と読み解く。 「半世紀近く逃げ続け、最後に本名を名乗った。警察は驚愕、混乱に陥る。逮捕したくとも末期のがんで重篤なら医者は許可しない。そもそも『自分は桐島だ』と明かしたところで、本当に本人なのかどうか分からない。虚偽の告白のいたずらかもしれない。人物を特定できなければ逮捕できない。混乱ばかりが続く。警察に対する嫌がらせとも解釈することができる。逮捕することはできなかったので、警察の敗北であるのは間違いない」 さらに別の公安警察の幹部は、「警視総監の交代の時期という因縁めいたものがある」と指摘する。 「桐島が入院したのは1月中旬。桐島だと告白したのは1月25日だった。翌日の26日は警視総監が交代した当日で、新総監は着任早々、桐島対策に追われることになった」 警察庁次長だった緒方禎己は26日付で第99代警視総監に就任した。この人事は1月23日の閣議で了承されており、その日のうちに報道されていた。 「桐島が人事を知っていて、あてつけだと解釈するのはひねくれた見方かもしれない。重い病状でそこまでの考えがあったかは分からない。ただ、意図があろうがなかろうが、桐島の告白は26日にテレビの速報が流れて、それ以降は新聞、テレビで大体的に報道された。『警察は何をしていたのか』と批判される。因果のようなものであるのは確かなことだ」 神奈川県藤沢市内の土木会社の所在地を管内とする警察署について、別の警察当局の幹部は「処分ということはないだろうが、警察庁からこれまでの状況について聞き取りなどがあり、きつい注意があるだろう」との見通しを示す。 桐島容疑者のように指名手配されても長期間にわたって逃走を続けるケースもあるが、一般市民の通報によって逮捕されることもある。今月1日には殺人未遂容疑で同様に指名手配されていた指定暴力団絆会幹部、金沢成樹が3年間の逃亡の末に逮捕された。仙台市内に「似た男がいる」との通報により判明した。 桐島容疑者の指名手配のポスターは全国のスーパーや駅など不特定多数の人々の目に留まる場所に貼られている。現在、全国の警察には、「桐島のポスターをはがしてよいか」という問い合わせが多く寄せられている。問い合わせが相次ぐさなか、親族とのDNA型鑑定によって死亡した男は桐島容疑者であることに矛盾はないとの結果が出た。警察当局は今後、容疑者死亡のまま書類送検し、検察当局は不起訴と判断することになる。全国で貼られていた桐島容疑者のポスターは、間もなく半世紀となろうとするところでなくなることになりそうだ。(文中敬称略) 取材・文:尾島正洋 ノンフィクション作家。産経新聞社で警察庁記者クラブ、警視庁キャップ、神奈川県警キャップ、司法記者クラブ、国税庁記者クラブなどを担当しフリーに。近著に『俺たちはどう生きるか 現代ヤクザのカネ、女、辞め時』(講談社+α新書)。
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