人を仮死状態にする薬をAIで探したら、認知症治療薬がヒット...なぜ「ドネぺジル」は冬眠の代わりになり得るのか?
<冬眠や休眠のメカニズムはほぼ未解明>
ハーバード大チームは以前から、低体温療法と同じ効果を薬剤だけで作りたいと考えていました。そのために、動物に冬眠や休眠のような作用を引き起こす薬を探すことにしました。 研究者たちは、冬眠していないアフリカツメガエルのオタマジャクシを使って、薬物を投与したときに冬眠状態になるかどうかを実験しました。 そもそも、冬眠や休眠のメカニズムは複雑で、「中枢神経系が重要な役割を果たしている」こと以外はほとんど解明されていません。近年は、「げっ歯類の視床下部に超音波を照射した後、24時間にわたって休眠のような状態が誘発された」という研究もありますが、ヒトへの応用や臨床試験の実施は未定です。 チームは過去にAIを使って薬を探索し、オピオイドδ受容体作動薬の「SNC80」を使うとアフリカツメガエルのオタマジャクシに冬眠のような状態を誘発することを解明しました。さらに哺乳類の組織を使った実験でも、ブタの心臓やヒトの臓器チップにこの薬を投与すると、酸素消費量が大きく低下し、著しく遅らせることができることが確認できました。 <すでに医療現場でも使用、SNC80に「最も近い」ドネペジル> SNC80はマウスなどの実験で、不安や恐怖の記憶を適切に消去する働きを持つことが観察されています。けれど、SNC80はヒトでは痙攣を引き起こす可能性があるため、臨床使用は承認されていません。 そこで今回は、既存のFDA(アメリカ食品医薬品局)承認薬の中から探して、「冬眠薬」として再利用できるかどうかを確かめることにしました。 SNC80のときに使用したオタマジャクシのRNAシーケンスデータと、AIによる薬物探索ツールを用いると、197のFDA承認薬がSNC80のような生理学的減速状態を模倣すると予測されました。さらに、SNC80との構造類似性を探ると、最も近いものとしてドネペジルが特定されました。 ドネペジルは、アメリカでは1996年、日本では99年からアルツハイマー型認知症の進行抑制剤として承認されています。SNC80とは異なりすでに医療の現場で使用されている薬であるため、代謝を抑制する効能が認められれば、緊急時に病院に搬送される間に起こる臓器損傷を防ぐ目的で利用される日も遠くないかもしれません。 研究論文の筆頭著者であるマリア・プラザ・オリバー博士は、ハーバード大のプレスリリースの中で「興味深いことに、アルツハイマー病の患者におけるドネペジルの臨床的過剰摂取は、眠気や心拍数の低下、つまり無気力のような症状と関連しています。私たちの研究は、これらの効果を副作用としてではなく、主な臨床反応として活用することに焦点を当てた初の研究です」と説明しています。