フレデリック・ワイズマン監督が語るドキュメンタリーの真髄とは?『至福のレストラン/三つ星トロワグロ』
「現存する最も偉大なドキュメンタリー作家」と称されるフレデリック・ワイズマン。94歳を迎えてなお、テーマを探求し撮り続ける巨匠の最新作『至福のレストラン/三つ星トロワグロ』は、監督初の料理の世界と対峙する作品だ。その見どころについて聞いた。 『至福のレストラン/三つ星トロワグロ』映像の美しさにも注目
ドキュメンタリー映画における偉大なる足跡によって、アカデミー名誉賞を受賞したフレデリック・ワイズマン監督。90歳を超えてなお『ボストン市庁舎』など話題作を放ち続ける巨匠が初めて料理の世界に迫った最新作『至福のレストラン/三つ星トロワグロ』は、第58回全米映画批評家協会賞のノンフィクション映画賞を始め、数々のドキュメンタリー映画賞に輝いた。 映画の舞台となるのは、親子3世代でミシュランの三つ星を55年間にわたって持ち続けるフレンチレストランが2017年にフランスのロアンヌ郊外、ウーシュに開いた邸宅レストラン「トロワグロ ル・ボワ・サン・フォイユ」。三代目シェフ、ミッシェルの息子セザールとレオの兄弟が食材を選ぶ朝市のシーンから始まり、メニューの検討から食材の選定、様々な国籍のスタッフが立ち働く厨房、美食に舌鼓を打つお客の様子やスタッフのホスピタリティ、持続型農業を推進する野菜やワインやチーズの生産者との対話、広大な敷地に広がる菜園で収穫を楽しむスタッフたちの時間などが次々と映し出される。三つ星レストランの多くが大資本のもとで運営されているのに対し、オーナーシェフを貫くトロワグロ・ファミリーが守る伝統の継承と革新の精神。その秘密に迫る魅惑の映画について、ワイズマン監督に聞いた。
――これまでも『コメディ・フランセーズ 演じられた愛』や『パリ・オペラ座のすべて』など、フランスでも作品を撮っていらっしゃいますが、料理についてのドキュメンタリーは初めてですね。本作は、どんなきっかけ、どんな閃きから始まりましたか。 ワイズマン 私はフランスの文学、舞台やダンス、バレエが大好きなので、フランスによく行くのですが、2020年の夏もブルゴーニュの友人宅に1ヶ月滞在しました。その友人に感謝の意を込めてレストランに誘おうと、ミシュランガイドで探し、トロワグロを見つけたのです。素晴らしい食事を楽しんだ後、私たちのテーブルに来てくれた四代目シェフのセザールにドキュメンタリーを撮らせてもらえないかと尋ねました。私はアメリカやフランスの社会を構成する上で大切なものを長年撮ってきましたが、三つ星レストランも社会を構成する上で重要なもののひとつだと思ったのがきっかけです。 ――ストーリーラインを決めることなく、その場所に行って即興的にカメラを回し、膨大なフィルムから長い時間をかけて編集してゆくスタイルは本作でも変わりなかったですか。 ワイズマン まったく変わりありません。三つ星レストランであるトロワグロにかかわるもの、そこで行われていること全てに興味がありました。例えば、前の晩にセザールが「明日6時半に市場に行くけど一緒に行くか?」と聞いてくれたら「行きます」と答え、市場で起こることをフィルムに収めます。またトロワグロ・ファミリーと彼らのスタッフがどのようにそこで働き、どのように人々が作用しているのかという関係性も収めます。撮影後はまずラッシュをひとつひとつ確認し、私自身がその映像の芯となるものをきちんと理解しているかを確かめ、そしてどこの場面を使うのか、どのように縮めてつなげるのか。そこをつなげることによって、どういう意味が生まれるのか。場面場面の関係性を吟味してゆくのです。 ――湯気や炎が立ちのぼるエネルギッシュな厨房とは対局の、磨き上げられた銀色の世界に白いコスチュームに身を包んだ料理人たちが整然と並んで粛々と料理に従事している姿が印象的でした。この神聖なる厨房は、ミッシェルとセザール・トロワグロの料理との対峙の仕方を表しているのでしょうか。 ワイズマン おっしゃる通りです。私はレストランのステレオタイプというか、クリシェとは違うものを映し出したかったのですが、彼らの厨房はまさにトロワグロ親子の料理への真摯な姿勢、彼らの繊細な料理そのものを表しているんじゃないかと思いました。 ――『ボストン市庁舎』でも様々な人種の人たちが会議する場面が頻出し、それらがボストン市庁舎という場所を象徴していました。本作でも伝統を重んじる一方でパーマカルチャーにも取り組みながら前進してゆくトロワグロの真髄が、様々な人々との会議、会話の中に鮮やかに浮かび上がるのがスリリングでもありました。 ワイズマン 他の作品にも言えますが、彼らが自分たちの仕事についてどんな内容を語っているのか。また、どういう風に話すのか。どういう身振りなのか、どういうことを示したいのかということに私はとても興味があるのです。ミッシェルとセザールの仕事ぶりを通して、私は偉大な芸術家のアトリエを覗いている感覚を持ち、料理芸術はフランスの文化だと確信しました。想像力と勤勉さ、知性と感性、そして伝統がどのように溶け合って料理という作品が生まれるのか。様々な食材のコンビネーションによって表現され、皿に盛られるたびに、儚い芸術作品が幾つも生み出されるのを目の当たりにしました。トロワグロの芸術は、映画『コメディ・フランセーズ 演じられた愛』や『パリ・オペラ座のすべて』などで探求した創造的な作品とつながっているし、私の組織のシリーズともつながっているのです。 ――ワイズマン監督は、第1作から57年にわたって作ってこられたドキュメンタリーを、100時間以上続く1本の映画だと考えているそうですが、この映画の完成までにまだ足りないピースがあるのでしょうか。今後、どんなものを撮りたいですか。 ワイズマン テーマは限りなくあるので、次に何を撮るかはまだ決まっていません。1作品が完成するまでに1年から2年かかるので、94歳の私があと何本作れるかわかりませんが、足りないピースはまだ何千もありますよ。もっと人間の側面というものを撮りたいと願いっています。 ●フレデリック・ワイズマン 1930年アメリカ合衆国ボストン生まれ。’54年イェール大学大学院卒業後、弁護士として活動し、その後軍隊に。除隊後、1967年、ドキュメンタリー映画『チチカット・フォーリーズ』を初めて監督。これまでに44本のドキュメンタリー映画を制作。アメリカのエミー賞4回、マッカーサー・フェロー賞、グッゲンハイム賞など数々の賞を受賞。2014年にはその功績が称えられ、ヴェネチア国際映画祭で栄誉金獅子賞を、2016年にはアカデミー賞名誉賞を、2021年にはカンヌ国際映画祭ゴールデン・コーチ賞を受賞。 『至福のレストラン/三つ星トロワグロ』 8/23(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開