『宙わたる教室』イッセー尾形の圧巻の“語り” 誰もが“金の卵”だからこそ広がる可能性
「天体の衝突は、時にさまざまな生物の絶滅の原因となる。しかし同時に、新しい別の何かの始まりでもある」 【写真】藤竹先生から「窪田正孝」に戻る瞬間が インタビュー撮り下ろしカット(写真多数) 『宙わたる教室』(NHK総合)第4話では、長嶺(イッセー尾形)の発言に反感を覚えた若い生徒たちが授業をボイコットする。だが、結果的にそれが世代間のギャップをあぶり出し、その溝を少しだけなだらかにするきっかけを作った。 本作は、伊与原新による原作小説の章ごとのタイトルをそのまま採用したサブタイトルが秀逸だ。第1話「夜八時の青空教室」は学習障害による負のスパイラルに陥った岳人(小林虎之介)の人生が拓けていく予感をさせる青空を、第2話「雲と火山のレシピ」はアンジェラ(ガウ)が学校に通えなかった代わりに積み上げた経験による知識で補完された実験レシピを、第3話「オポチュニティの轍」は起立性調節障害の佳純(伊東蒼)が苦しい境遇の中で少しでも前に進もうとした形跡となる腕の傷を、“科学”と結びつくワードで表している。 そして、今回のサブタイトルは「金の卵の衝突実験」。最後まで見るとダブルミーニングになっていることがわかる。長嶺は昭和23年生まれで、いわゆる団塊の世代。10歳のときに炭鉱の事故で父親を亡くし、高校には進学せず、中学卒業してすぐに集団就職で地元の福島を出て上京した。当時、彼のような若者は、まだ未熟だけど、潜在的な能力を持っているという意味で“金の卵”と呼ばれたという。そこから長嶺は自分より恵まれた人間に負けるものかという反骨精神で必死に働き、自分の工場を持った。 そんな長嶺だからこそ、“親ガチャ”だのなんだのと環境のせいにして努力することから逃げているように「見える」若者が許せなかったのだろう。けれど、時代が違えば苦しみの種類も異なる。長嶺の若い頃はちょうど日本が急激な経済成長を遂げていた時期で、まだ未来に希望が持てたかもしれない。だが、今の若者はいろんな選択肢がある一方で、不確実な世の中を生きている。そういう若者に「一回カプセルを引いたら、そこで人生決まりって思っちゃうのも仕方ないと思うの」と寄り添うのが、長嶺の妻・江美子(朝加真由美)だ。 その言葉で長嶺の視界は少しだけ開けるが、納得はできても本当の意味で理解するのは難しい。その後、アンジェラに「人の苦しさは比べられるものじゃないでしょ」と言われ、岳人がディスレクシアのための教室で読み書きのトレーニングをしている姿を見て、ようやく自分の過ちに気づく。岳人にも自分の引いたガチャを外れと思い、自暴自棄になった時期もあったが、それを受け入れて自分なりのペースでできることをやっていた。きっと他の生徒たちも同じで、そういう彼らに長嶺は“甘ったれ”というレッテルを貼ってしまったのだ。 そんな長嶺は藤竹(窪田正孝)の提案で、クラスのみんなに自分のことを話すことに。だけど、彼が自分の半生を語ったのは最初の少しだけで、あとはすべて妻である江美子の話だった。昭和39年に、見送りにきた進学組の同級生を睨みつけて福島の駅を出発した長嶺。同じ頃、江美子は家族を養うために青森から集団就職で上京した。列車の中ではずっと泣いていたが、真面目な性格でタイル工場に就職してからはみんなが嫌がる持ち場で粉塵まみれになりながら一生懸命働いたという。そんな彼女がガラの悪い男たちに絡まれているところを長嶺が助けたことで2人は結婚。江美子は長嶺が経営する工場をともに切り盛りしながら、子供を育て上げた。 教壇に立った長嶺は、自身の生い立ちは今でも悔しそうに、妻の話になると愛おしそうに、夫婦の出会いについては照れくさそうに、と実に彩り豊かな感情を見せる。「一人芝居の第一人者」と呼ばれるイッセー尾形の、実際には映っていない長嶺と江美子の回想シーンが頭で流れるかのような圧巻の“語り”に耳目を奪われた。そして最後は長嶺の感情が怒りに転じる。勉強が好きで、いつか定時制高校に通うことを夢見ていた江美子。けれど、いざ子供の手が離れてようやくと思ったら、タイル工場で粉塵まみれなっていたことが原因でじん肺になり、その道が絶たれた。長嶺はそんな妻の代わりに定時制に通っていたのだ。 授業で何度も質問するのは江美子の前で授業をするためであり、岳人にタバコをしつこく注意していたのは自分がヘビースモーカーで妻の肺に負担をかけてしまったという後悔があるから。それを知らずに、岳人をはじめとする若い生徒たちは長嶺のことをただ“厄介者”扱いしていた。年齢に限らず、人間は相手の言動の理由まで深く考えず、勝手な想像でレッテルを貼ってしまいがちだ。そのほうが関わらなくてもいい大義名分ができて楽だから。だけど、長嶺の設計図をもとに藤竹が作った発射装置で鉄球=金の卵の速度が上がり、クレーターの再現実験に進捗があったように、関わることで生まれる何かが必ずある。このドラマは勉強に限らず、興味を持つこと、想像すること、知ることの大切さを教えてくれる作品だ。 もっと自分の高校生活を楽しんでほしいという江美子の思いを受け止め、正式に発足した科学部に入部することを決めた長嶺。ずっと対立していた岳人との溝が完全に埋まったわけではない。だけど、手を動かして技術を覚えてきた長嶺は、同じく岳人が手を動かして知識を得ようとした証である、書き込みや付箋だらけの物理の本にかつての情熱を見出す。誰もがたくさんの可能性を秘めた金の卵。この先も2人は折りにつけて衝突するかもしれないが、その度にまた新たな何かが生まれるに違いない。
苫とり子