高倉健さん「ブラック・レイン」大阪府庁ロケ取材時を振り返る
亡くなった俳優高倉健さんが、代表作のひとつであるハリウッド映画「ブラック・レイン」の撮影で大阪ロケに取り組んでいた際、筆者は大阪府庁で行われていたロケ現場を取材した。高倉さんを見たのはこの一度限りだが、強い印象は今も消えない。
知事の肝いりで知事室もロケに開放
大阪での撮影は1989年行われ、府庁がメーンのロケ地となった。高倉さん演じる刑事が所属する大阪府警のシーンが、府庁内で集中して撮影されたからだ。当時の岸昌府知事が映画会社からのロケ要請に理解を示し、積極的な協力を約束。自ら執務する知事室をロケに開放したほどだった。 そのころ筆者は、在阪メディアで行政を担当し、府庁も守備範囲だった。撮影は府庁の業務が終わった夜間が中心で、中庭に厨房付きのバスが常駐。撮影スタッフであれば、24時間いつでも温かい食事が摂れるとのことだった。 撮影は長期間におよんだが、ハリウッド映画の広報戦略なのだろうか、まったく取材に応じてくれない。情報が入ってこない。荷物を運ぶ大道具係の日本人スタッフと、庁内のエレベーターで偶然乗り合わせた。さりげなく話をふると、「金のかけ方が半端じゃない。ハリウッドの連中、どれだけ金を使えば気が済むのか」と、製作費の潤沢さに半ばあきれてみせた。やはりすごい映画を作っているらしいという想像ばかりがふくらんだ。
目の前にりりしい「健さん」がいた
製作サイドへの再三の申し入れによって、ようやく記者会見とロケの現場取材が実現。ロケ取材は5階「正庁の間」で行われた。天井が高くて広い空間を、府警の剣道の道場に見立て、剣道の稽古シーンが撮影されていた。 剣道着に身を包んだ高倉さんが、背筋を伸ばしてすくっと立っている。思っていた通り、背が高く、りりしい。まさに日本男児。セリフは聞こえてこないが、高倉さん特有の低くささやくようなせりふ回しで、同じシーンを繰り返し練習しているようにうかがえた。 報道陣は現場の隅で見ているだけ。監督や出演者に質問はできない。しかし、目の前に「健さん」がいる。健さんと同じ空間にいる。記者というより、ひとりの健さんファンにとっては、それだけで十分だった。
近くにいるだけで心が浮き立つ
あの日から四半世紀の歳月が流れた。記事作成を前に、府庁の広報担当者に問い合わせをしたが、ロケ情報に関しては当時の資料が見当たらないとのことで、筆者の記憶を頼りに書くことをお許しいただきたい。 ロケ期間中、府庁にはどこかしら華やいだ空気が漂っていた。男子職員たちは健さん映画で青春の思い出を語り合い、高倉さんの共演者であるマイケル・ダグラスが通りがかると、女子職員たちが歓声をあげていた。高倉さんが近くにいるだけで、人々の心が浮き立つ。健さん伝説はこれからも受け継がれていくことだろう。 (文責・岡村雅之/関西ライター名鑑)