「タコささめ」「せみ餃子」「あげづけ」…地元民に愛され続ける〝ご当地おかず〟の世界
心ときめく地元のお惣菜を集めた
「地域に密着した『ご当地スーパー』は郷土料理をはじめ、心ときめく食品に出会え、その地域の伝統や食文化を学べる刺激にあふれた場所なのです。食べ方がわからないときは店員さんやその食材をカゴに入れたマダムに聞いたりしています。旅先の観光地ももちろん楽しいですが、よりおもしろい場所は地元民に愛されるご当地スーパーです」 【衝撃】見た目はナウシカの王蟲みたいなのに…菅原さんも驚いた珍味『たこささめ』 『日本ご当地おかず大全』(辰巳出版)著者で「スーパーマーケット研究家」として知られる菅原佳己氏(59)はそう説く。 菅原氏は全国のスーパーを1000店以上も巡り、「ご当地惣菜」や「ご当地弁当」を4万以上も食してきた。’19年、一般社団法人「全国ご当地スーパー協会」を設立し、全国の食文化を発掘中。本書では菅原氏が厳選した、地域ごとの食材を使用し、伝統的な調理法で作られ、昔から食べられている地元の惣菜「こ当地おかず」をとりあげている。 「昨年の夏、北海道の稚内のスーパー『相沢食料百貨店』にあった『たこささめ』には驚きました。見た目は『風の谷のナウシカ』の王蟲に似ていますが、ミズタコのエラを茹でたもので、淡白な味でクセもありません。生姜醤油で食べましたが、とろっとした柔らかい箇所とコリコリする硬い舌触りの両方を楽しめます。 夏に行ったときにはスーパーに並んでいなかったので、水産会社『山大小林商店』の小林泰弘社長に尋ねると、北海道で獲れるミズダコは冬が旬で、関東で獲れるタコよりも大きく、たこささめは冬場のみスーパーで買えるようです。たこささめのように初めて知る食べ物が未だにあり、ご当地スーパーの魅力は尽きません」 菅原氏がご当地スーパーに惹かれるようになったのは、34年前、家族が愛知県名古屋市に転勤し、地元スーパーの買い物でカルチャーショックを受けたことがきっかけだ。東京・御徒町出身の菅原氏が食べ慣れた醤油せんべいを探すも、エビせんべいだらけ。味噌売り場は豆(赤)味噌一色。惣菜の揚げ物には甘い味噌だれがかかり、ソースはかかっていなかった。 「東京のスーパーでは見たことのない異世界が広がっていたのです。でも地域の人にはそれが当たり前。その違和感が『ご当地色』であるという発見に至りました。 エビせんべいのはじまりは100年ほど前といわれ、三河湾でアカシャエビがたくさん捕れて、足が早いから地元の人がちょっと食べるだけで、大体は粉末にして肥料にしていた。もったいないな、ということでジャガイモのデンプンと一緒にアカシャエビを混ぜて焼いて煎餅にしたら美味しかったことで三河湾周辺に広がったようです。 現在はアカシャエビの漁獲量も減り、輸入海老を使用していますが、贈答品から子ども用の駄菓子のエビせんべいまで、大小100ものメーカーが三河湾周辺に工場を持っています。国内トップのシェアを誇るんですけども、ほとんどを愛知県で消費してるといわれてるんです。ご当地スーパーのエビせんべいをきっかけに歴史を知り、ご当地の食品の魅力に取り憑かれました」 ◆「せみ餃子」の謎 そして、それを書き残そう、と思ったきっかけは、京都を中心に近畿圏のスーパーに当たり前のように置かれた『せみ餃子』だ。2010年当時の価格で10個入で88円という激安価格にも衝撃を受けたが、セミのイラスト入りで「せみ餃子」とのネーミングに謎は深まるばかり。 「周囲の友人にたずねても『なんでやろね?』とはっきりせずに、思い切ってメーカーに電話したら『夏にセミはミーン、ミーンと泣きますやろ。うちは泯泯(みんみん)食品いいますわ~』とはんなりと返されました。私にとっては目から鱗が落ちる思いで、いま私が急死したらこの事実が誰にも知られずに潰えてしまう、とご当地の食材を書き残すことが私の使命ではないか、と感じたのです」 ’12年、『日本全国ご当地スーパー 掘り出しの逸品』(講談社)を出版すると当時まだ深夜枠だった『マツコの知らない世界』(TBS系)に識者として呼ばれ、飛騨高山の地元の豆腐屋『古川屋』の油揚げの『あげづけ』をマツコ・デラックスに紹介。マツコ氏が絶賛すると、あげづけの売上が300倍となり、あげづけを取り扱う地元スーパー『ファミリーストアさとう』のHPにアクセスが集中し、サーバーがダウンした。 「あげづけはふっくらとした油揚げをだし醤油で味付けしたごくシンプルな食べ物で、マツコさんに紹介する際、これでちょっとびっくりさせよう、という認識はありませんでした。何気なく紹介したら、マツコさんが『こんなに美味しい油揚げははじめて。地元スーパーで全部買い占めるわよ』と大喜び。高山の人も当たり前で気にも留めていなかったものが、マツコさんをはじめ他県の人には『隠れた逸品』だったわけです。 私の生活も一変し、新聞や雑誌でご当地スーパーに関する連載を持ったり、講演活動もするようになり、子育ての合間を縫うようにご当地スーパーを巡り続けました」 ◆野生動物に怯えながらのスーパー巡り 娘さんが海外留学し、子育てから解放された昨年はキャンピングカーで全国のご当地スーパーへ足を運び、毎日3食ご当地スーパーの弁当・惣菜を食べる生活を実行。冒頭で記した、たこささめにもこのキャンピングカーの旅で出会った。 「当初は、北海道の湖畔の近くでキャンピングカーを止めて、楽器でも弾きながら優雅に一泊しようかしら、と思っていたら、クマが出没する恐れがある、と聞いて怖すぎて眠れない。数千円支払ってキャンピングカーを止められる場所があるんですが、そこのトイレに行こうにも夜道の10メートルが恐ろしい。東北でもクマが目撃されたから注意しましょう、という町内放送が頻繁に入り、気が気ではなかった。 一人旅なので運転をしている間は運転に集中しないとならないので原稿や写真をまとめる暇もありませんでした。夜は野生動物に怯え、ちっとも優雅ではなかったですが、3食全部地元のスーパーのお惣菜やお弁当を楽しめたのは満足でした」 菅原氏は本誌のおじさん読者のために厳選した逸品を紹介してくれた。アルコールにも白米にもマッチする絶品揃いだ。菅原氏は主婦として日々の家事はしつつも、ご当地スーパーを巡る旅は続けるという。 「日本のどこかのスーパーで私がまだ知らない食品が私のことを待っています。私の旅は終わりがない」 読者のあなたも地元スーパーを覗いてみれば「お宝食品」と出会えるかもしれない。 ◆【お酒にも白米にも合う】スーパーマーケット研究家の菅原佳己氏によるおじさん向けの逸品 ◆・ピーナッツみそ(千葉)富士正食品 落花生農家の多い、千葉や茨城の惣菜売り場では定番商品。おかずとして食卓に並んでいたところ、千葉では小袋入りが学校給食に採用された。おやつとしても食べられている。 ◆・そぼろ納豆(茨城)だるま食品 小粒が特徴の水戸納豆を、刻んだ切り干し大根とあえたもの。味付きで、そのまま食べられる。茨城のお父さんはそぼろ納豆をあてに一杯やり、子どもたちはご飯のお供に。 ◆・田舎あられ(三重)三國屋 ほんのり塩味の素焼きのあられ。伊勢地方では、このあられにお茶をかけてお茶漬けとして食べられている。柔らかさを求める人はお茶でふやかしてから食す。反対に硬いのが好みの人はお茶を注いで間を置かずに食べる。砂糖をかけておやつ代わりにも。 ◆・うつぼ揚煮(和歌山)桝悦商店 あの凶暴な外見の魚を揚げて、佃煮のように甘辛く煮付けたもの。南紀地方では昔から食べられているが、他の地域では見かけない。うつぼの見た目から想像できないが鉄分、カルシウムが豊富で産前産後の滋養食でもあった。 ◆・塩ぶり(岐阜、長野)駿河屋魚一 昔、富山県の氷見であがったブリは内臓を外し、塩を塗り、保存食とした。その塩ぶりを人が背負って3日かけて高山に届けた。到着する頃によい塩梅となり、「年取り魚」として正月に欠かせないものとなる。現在も、12月から年明けまで高山市内のスーパーで売られるが、時期を逃せば来年12月までおあずけとなる。 『日本ご当地おかず大全』(菅原佳己・著/辰巳出版) 取材・文・撮影(菅原氏):岩崎大輔
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