渡辺早織 イタリアの田舎町でつくるやさしい郷土料理
【&M連載】渡辺早織の思い出ちょっぴり、つまみぐい。
料理好きな俳優・渡辺早織さんが心に寄り添った手料理を紹介する連載です。ほろ苦かったり、甘酸っぱかったり、思い出とつながったご飯は何だか忘れられません。明日を頑張るあなたの活力になりますように……。そんな思いを込めた料理エッセーをお届けします。詳しい作り方はフォトギャラリーでご紹介します。 【画像】もっと写真を見る(15枚)
イタリアで見る夢 東京で感じた魔法
イタリアにきてから、なぜだかたくさん日本の夢を見る。 もう連絡先も知らない高校の時の同級生や大学時代からの親友、家族の夢もよく見るようになった。 この夢の意味は、自分でもまだ分かっていない。分かっていることがあるとすれば、それは自分が生活の変化に少しずつ慣れてきているということだろう。 私が住んでいるウンブリア州はイタリアの中部にあって人の声よりも鳥のさえずりの方がよく響くような田舎町がたくさんある。 土地は広く美しく、鮮やかで淡い緑はどこまでも続く。少し車を走らせれば、誰もいない小高い山の上からぼーっと田園風景を眺めることができる。 ここではそれは一日がかりの休暇や娯楽ではなく、仕事が終わった帰り道にふっと立ち寄ることのできる生活の一部なのだ。 東京都で生まれた私には、田舎がない。祖母の家はもっと都会のど真ん中にあってそんな環境で育ったこともあってか、新宿の喧騒(けんそう)の中にいるとふしぎと落ち着くなんていう可愛げのない子供だった。 東京は故郷ではあるけれど、少し独特で人を執着させる何か魔法のようなものが街全体にかかっているような気がする。 「ここで頑張らないと」「抜け出したら負けだよ」 誰に言われたわけでもないのに、そんな声がいつからか頭の中で鳴り響くようになった。 自分の帰属意識だけではなく、この解き方を知らない魔法の中で気がつけば私も東京に「すがる」ように生きていたのだ。だからこそ、今の生活に一番驚いているのは自分自身なのである。 ここウンブリアはすっかり春になり、草木の鮮やかさが増し、木々の成長の速さを目で見て感じる。 土地が広くてのびのびとしている分、庭の手入れは大変だ。私は生まれてはじめて伸びた木の枝を切る剪定(せんてい)作業をした。 はさみをいれてさくっさくっと枝が切れていく感触は心地よく、時折吹くおだやかな風に癒やされて、夢中で枝を切り続けた。 切った枝は冬の暖炉にくべるために長さを整え薪にしておく。そうするとあっという間に空がだいだい色に染まって、また明日に持ち越しになる。そうやって何日もかけて剪定をした。 この作業は大好きだけれど、同時にとても大変だった。この庭には100本以上の木が生えていて、切っても切っても終わらない。そうすると、自分にとって必要な分だけ持つのがいいのだと気づく。 最初はこの大きな庭の魅力に気を取られていたけれど、夫が以前「ここは広すぎてね」と言っていた意味が今ならよく分かる。 欲張らずに、必要な分だけ。 私はその時に「大変なら木を切る人を雇えばいいのに」となんの悪気もなく思ってしまったし、口に出してしまった。そして今、そう言った自分をとても恥ずかしく思う。 イタリアには「misura d’uomo」=「身の丈にあった」という言葉がある。身の丈にあった生活をする。それは「贅沢(ぜいたく)をするな」と言われているわけではなくて、自分に合った生活を選び、自分にとって必要な分だけの持ちもので暮らすということ。その心地よさは、おそらく東京にいると気がつけなかったことだろう。 まだまだたくさんのことを学ばないといけない。そう思いながらまた一本枝を切る。