炎上に火をくべる人は「40万人に1人」しかいない…「ネットで攻撃的な人が増えている」がウソである理由
■ジェンダーをめぐる炎上が増加中 次に、いくつか最近の炎上の特徴を見ていきましょう。 まず、誤情報をもとにしたため、「議論にならない」ケースが多いということが挙げられます。直近では、パリ五輪で性別が問題になり、世界中で激しい炎上が起こった女子ボクシング選手の例がそれです。「トランスジェンダーである」という誤った情報をもとに誹謗中傷が飛び交いました。日本でもインフルエンサーが誤情報をもとにして投稿し、それがネット上でどんどん拡散される形で炎上しました。 彼女は男性ホルモン値が高かったため、これまでボクシングの世界大会に出場できなかった。ではそういう女性は今後スポーツにどう参加すべきなのか……。本来はそんな議論が行われるべきです。ところがネット上では誤情報をもとにした極端な意見ばかりで、議論が成立しないのです。 それに対し、主要マスコミで、彼女をトランスジェンダーと報じたところはなかったと思います。ネットさえ見なければ、間違った議論で時間を無駄にすることもなかったでしょう。ただしその後、誤情報だったと気がつく人は少数派。私の研究では、フェイク情報を見聞きした後にそれが誤りだと気づいた人は平均して14%。86%がフェイク情報を真実と信じていたのです。 誤情報がきっかけにならずとも、ジェンダーをめぐる対応は、炎上ネタになりやすい傾向もあります。男性の体臭についての投稿で炎上した女性フリーアナウンサーが即刻事務所から契約解除されたニュースなど、男性差別も問題になっています。また最近で興味深いのは、「牛角」の「女性半額キャンペーン」(9月2~12日、女性客は一部メニューが半額に)。女性客やファミリー層を狙ったよくある戦略であるものの、ネット上では男性差別と炎上しています。 一方で、リアル世論とネット世論が共振して、騒ぎを大きくする例も少なくありません。典型的なのは、小室圭さんと眞子さん夫妻。最初はマスコミのネガティブ記事がネットで炎上、次いでマスコミが炎上を取り上げてさらに様々なことを書き立て……とスパイラルが起こりました。 いずれにしてもネット世論は、一部の人の切り取られた言説であるということは、常に頭の片隅においておくべきです。政治家、マスコミなどがネット世論を気にしすぎるとも感じます。ネット社会が生まれて数十年。今はまだ情報社会の黎明期から発展期に移った中間地点。対策が検討されるようになるのはこれからです。産業革命で生まれた公害が、なくなりこそしないが改善されたように、情報革命で生まれたネットでの問題も改善はできるはず。SNSを開く前に、一呼吸おいて読み返してみたり、他者を尊重する気持ちを持つことも重要ですね。 ※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年10月18日号)の一部を再編集したものです。 ---------- 山口 真一(やまぐち・しんいち) 国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授 1986年生まれ。博士(経済学・慶應義塾大学)。2020年より国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授。専門は計量経済学、ネットメディア論、情報経済論等。NHKや日本経済新聞などのメディアにも多数出演・掲載。主な著作に『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社)、『なぜ、それは儲かるのか』(草思社)、『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)、『ソーシャルメディア解体全書』『ネット炎上の研究』(共著、勁草書房)などがある。 ----------
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授 山口 真一 構成=福光 恵 図版作成=大橋昭一