フジ三宅正治アナ「『もういいよ』って言われたら会社を辞めようと思ってた(笑)」スポーツから“めざましキャスター”転身当時の心境を明かす
TOKYO FMの音声配信プラットフォームAuDee(オーディー)の番組「長野智子のテレビなラジオ」(隔週火曜・10時配信)。1985年のフジテレビ入社以降、テレビ業界で活躍してきたフリーアナウンサー・長野智子が、テレビを牽引してきた制作者・出演者をゲストに招き、テレビの過去・現在・未来を語ります。 11月12日(火)、11月26日(火)の配信では、アナウンサーの三宅正治さんがゲストに登場。この記事では12日の模様をお届け。今年9月末までメインキャスターをつとめていた朝の情報番組「めざましテレビ」(フジテレビ系)のエピソードなどについて語っていただきました。
三宅正治さんは1962年生まれ広島県出身。1985年に株式会社フジテレビジョンアナウンス部に入社し、スポーツアナウンサーとして競馬やプロ野球のほか、F1、格闘技、バレーボール、全日本女子プロレス中継など幅広く実況を担当。その後、2012年から朝の情報番組「めざましテレビ」のメインキャスターに就任。2024年9月末に勇退後もテレビの前線で活躍中です。
◆「めざましテレビ」メインキャスター就任裏話
長野:今回ゲストにお迎えしたのは、私の同期で、フジテレビ エグゼクティブアナウンサーの三宅正治さんです! 三宅:よろしくお願いします! 長野から紹介されるのは、なんか変な感じだね(笑)。 長野:2人とも歳を取ったよね。 三宅:でも、60歳を超えて、いまだにマイクの前に立てているのは“奇跡だな” って思わない? 長野:本当にありがたいことですよ。そして、三宅さんは長いあいだ「めざましテレビ」を担当されて……この度は、ご卒業おめでとうございます! 三宅:ありがとうございます。12年半担当しましたが、長野からすると僕はスポーツ実況のイメージがすごくあるでしょ? 長野:あるある。 三宅:でも、スポーツキャスターをやっていたのは正味10年ぐらい。だから「めざましテレビ」のほうが長い。 長野:そうなんだ! 三宅:まさか、こんなに長くやれるとは思っていませんでした。 長野:「めざましテレビ」をやりながら、スポーツの仕事はやらなかったの? 三宅:ボクシングの世界タイトルマッチの司会はやっていたんだけど、いわゆる実況は「めざましテレビ」をやるタイミングでやめたの。 長野:その選択は、自分としてはどうだったの? 三宅:「めざましテレビ」を始めたのは50歳になるタイミングだったんだけど、自分の実況スタイルって“反射的に出る言葉を大事にする”みたいな、わりと反射神経が必要なもので。そうなると、絶対に衰えてくるじゃない? 長野:はい。 三宅:それで、50歳を迎えて“いつまでこのスタイルができるかな?”って悩んでいたときに「めざましテレビ」のお話をいただいて。 長野:へえ! 三宅:だから、タイミング的にはいいのかなって。上の人には「『めざましテレビ』をやりながらでもスポーツ中継はできるでしょ?」って言われたけれど、“いや(フジテレビの)看板番組を中途半端な形でやるのは無理でしょ”って。それまでも、オリンピックや、さまざまなスポーツの頂点を決める大会でしゃべらせてもらって悔いはなかったので。 それで「めざましテレビ」をやって、「お疲れさま! 三宅はもういいよ」って言われたら会社を辞めようと思ってた(笑)。 長野:そうだったの!? 三宅:フリーになったら長野に相談しに行こうかなって(笑)。 (「長野智子のテレビなラジオ」2024年11月12日(火)配信より)