上っ面の正義にふりまわされないために。山田詠美の短篇集『肌馬の系譜』をレビュー
書評家・ライターの江南亜美子が、バイラ世代におすすめの最新本をピックアップ! 今回は、山田詠美の『肌馬の系譜』と、長嶋有の『トゥデイズ』をレビュー! 江南亜美子さんのおすすめの本 フォトギャラリー ●ナビゲーター 江南亜美子 文学の力を信じている書評家・大学教員。新人発掘にも積極的。共著に『世界の8大文学賞』など。
「内輪に政治的正しさが介入して来るなんて」モラルと個の自由の問い直し
平等精神やポリティカル・コレクトネスの理念の浸透により、世界が生きやすくなるのは歓迎だ。そんな「常識」の裏側を別角度から覗いてみたら……。女性専用アパートの管理人を師と定めた少年が、女性の欲望を知る「わいせつなおねえさまたちへ」で始まる短篇集の本書。ほかに、’80年代のブロンクスで、作家がある家庭の秘密を目撃する「MISS YOU」や、極私的な快楽をめぐって女たちが談義をする「F××K PC」など、読み味の異なる作品がアソートされる。 ニュアンスや行間の味わいをいかに生み出すか、技巧を尽くしてきた作家による「世相の観察と研究」の書。上っ面だけの正義にふりまわされないために。 『肌馬の系譜』 山田詠美著 幻冬舎 1760円 「あたしは、肌馬そのものだったねえ」。繁殖牝馬になぞらえる祖母の呟きをきっかけに母娘三世代が女性性について内面を吐露する表題作など、13の作品集。詠美流ポリティカル・コレクトネスの再考察が冴える。
これも気になる!
『トゥデイズ』 長嶋有著 講談社 1760円 ■不意打ちの「変えられなさ」に、今日という日は続く―― 郊外の古い大型マンションで5歳児を育てる夫婦の毎日。穏やかな日常がある奇跡と、時間の堆積がもたらすよどみを平易ながら深い言葉ですくう長編小説。
※BAILA2024年2・3月合併号掲載