『監察医 朝顔』が年始に放送されたあまりに大きな意義 上野樹里の名演が“記憶”を繋ぐ
府木原の命を繋ぎ止めていたつぐみの言葉とマーガレットの種。事件を通して桑原は、朝顔に父・平のことを伝える決心をする。2022年のスペシャルで、朝顔たちは認知症の進む平を仙の浦にある介護ホームに預けていた。平が家族それぞれに手紙を残していた中で、桑原に託したメッセージが病気になっても延命治療をしないこと、そのことを死ぬまで朝顔には知らせないこと、だった。平の命が危ないことを桑原は一人で抱え、朝顔に伝えるべきかずっと悩んでいたが、姉の忍(ともさかりえ)の後押しもあり、桑原はようやく朝顔を父の元へと向かわせる。 東北行きの高速バスから在来線へ。困惑と不安が滲んだ朝顔の表情は、平が残したボイスメッセージを聴くことで少しづつ和らぎ、時に険しくなっていく。朝顔が降り立った仙の浦駅のホーム。ここから5分近くに及ぶ、上野樹里の一人芝居が始まる。話し相手は天国に旅だった母・里子(石田ひかり)。我々視聴者には木々のざわめき、鳥の囀り、虫の鳴き声だけが音声として流れているが、不思議と里子の声も聞こえてくる。前回のスペシャルのラストでは海水浴場での七夕祭りで、朝顔が里子と平と過ごす描写で幕を閉じた。言わば、今回も視聴者に解釈を委ねる描き方ではあるが、印象的なのは我に返った朝顔がスッと立ち上がり、ゆっくりと歩き出すこと。朝顔が家を出るシーンと画角が対照的になっており、ほんの少し笑みを浮かべる朝顔の表情がその先の未来にある父との再会を想像させる。 東日本大震災からもうすぐ14年。『監察医 朝顔』はあの日の震災の記憶と復興を伝え続けている。筆者が今作ではっとさせられたのは、神奈川で起きた地震をきっかけにして朝顔が久しぶりに母・里子を思い出すというシーン。忙しない生活の中で人は大事な記憶さえも少しづつ薄れていってしまう。府木原が犯行に至った理由とも通ずるテーマだ。だからこそ、後悔しないうちに家族との時間を大切にしたい。近くにいる大切なパートナー、遠くにいる両親、もう会えなくなってしまった人たち。もう一度、自分にとっての家族というものを考え、思いを馳せる――今回年始というタイミングで放送された『監察医 朝顔』には、そんな意義があったように思う。
渡辺彰浩