島の人も知らない景色。長崎・五島うどんの製麺所が手がける、絶景ダイニングが誕生
コロカルニュース
■五島列島で唯一、塩から手づくりするうどん製麺所〈虎屋〉 長崎の西方、大小140以上の島からなる五島列島。豊かな海と緑に囲まれた自然の宝庫であり、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」をはじめとする歴史文化や、五島うどんや魚介類など「島グルメ」でも知られています。 【写真で見る】古民家調やリゾート風でもなく、なくあえて「集落にマッチしないデザイン」をオーダーしたという建物 空路による直行便がないため、福岡県や長崎県の港から「船の島旅」を楽しむ人が増えているのが中通島の新上五島町。五島列島の玄関口ともいわれ、長崎港から高速船に乗れば約1時間43分で上五島の有川港に渡ることができます。 〈虎屋〉は有川港からほど近い、五島うどんの製麺所です。うどんづくりに欠かせない「塩」から手づくりしているのは、五島に数あるうどんメーカーのなかでも〈虎屋〉だけ。 1986年に犬塚虎夫さんが製麺所として創業し、1997年には塩づくりをスタート。7人の子どもたちとともにうどんと塩づくりに励む暮らしは、ドキュメンタリー映画『五島のトラさん』として公開されました。 現在、のれんを受け継ぐのは娘の南こころさんと、夫の慎太郎さん。主に塩づくりは慎太郎さん、うどんづくりはこころさんが担っています。 慎太郎さんは島の漁師から譲り受けた魚網を再活用して塩田をセルフビルドし、環境負荷の少ない廃油燃料装置を開発して海水を焚いています。 「僕自身が五島の海に育てられてきたので、海にも山にもできるだけ負担をかけたくない。つくる人も食べる人も安心できる塩づくりをしたいんです。この塩を使うと、うどんのコシも香りも際立ちます」 ■「何もなか島」じゃない! 食べる人もつくる人も幸せになるダイニング 五島名物の地獄焚き(釜揚げうどん)や島の素材を味わってほしいという思いから、慎太郎さんとこころさんは3年前に〈島ダイニングとらや〉を上五島町の飲食店街にオープンしました。店は賑わったものの、慎太郎さんは「ここじゃない」というもどかしさを抱えてきたそう。 「やっぱり、海と空が見られる場所でないと!五島の四季のめぐりを感じながら海や山の幸を味わう豊かさを伝えたくて。島の人たちが“何もなか島”と言うのがずっと悔しかったんです」 1年前、慎太郎さんはついにダイニングの移転を決意します。こころさんと結婚して隣の集落から引っ越して22年、すっかり惚れ込んだ似首(にたくび)郷の海と空が見える場所へ。かつて創業者の虎夫さんが、「いつかここに製麺所を」と願った地でした。 「ダイニングも塩田も、塩とうどんの工場も、海のそばに集結させました。みんながこの海を大切にしながらつくっているところを、島内外のお客さまに見てもらいたいんです」 念願かない、3月15日に移転リニューアルオープン。事前に島の生産者仲間や地域の人たちを招待したところ、2階のオーシャンビューを見た瞬間に「ほんとに自分たちが暮らしてる海?」と言葉を失ったそう。 17日のオープニングイベントの餅まきには、島の住人たちを中心に300人近くの人が集まりました。 「この島で生きてきて、あんなに大勢の人を初めて見ました。 隣の集落で60年以上暮らすおじいさんが『初めて峠を越えて似首に来た』と 言ってくれたのには驚きましたね」 光や風が刻々と変わる海の眺めとともに、ゆでたての五島うどんや目の前でとれた魚を味わう贅沢さに歓声が続々。 「『塩ってこうやってつくるんだね』と工房をのぞきこむ親子を見て、ああ、僕がやりたかったことが全部つながったなあと。日々ここで働くみんなも大家族みたいで楽しそうですよ」 お客さまとスタッフの笑顔あふれるダイニングを見たこころさんも、「私たち、ついにやっちゃったね」と感極まりました。 建築デザインは、古民家調や離島リゾート風ではなく、あえて「似首郷にマッチしないデザイン」をオーダーしました。できあがったのは、白壁と広い窓で構成されたシンプルモダンな空間。「海のそばに白い建物が立つ姿に『何ここ?』というギャップを感じてから、2階に上がった瞬間の風景にガッと揺さぶられてほしい」と慎太郎さんは笑います。