ヒグチユウコの台湾個展「奇幻動物森林 樋口裕子展」レポート。タラ夫が現地から台湾展ならではの魅力をお届け
台北でヒグチユウコの個展が開催
“全国巡業”と称し、世田谷文学館を皮切りに2019年から約4年にわたり全国各地の美術館で個展を開催した画家・ヒグチユウコさん。23年に「ヒグチユウコ展 CIRCUS FINAL END」のタイトルのもと、東京・森アーツセンターギャラリーで“再演”した同展には、67日間で12万人を超える来場者が訪れ、ヒグチさんの人気はますます広がりを見せています。そしていま、自身初の海外個展となる台湾での個展が中正紀年堂で開催中。日本での展覧会との違いや、展示の様子を台湾からお届けします。
テーマは“森”
海外での初個展を控え、ヒグチさんが設定したテーマは「森(FOREST)」。木漏れ日が差し込む明るく開放的なイメージから、樹海をかき分けて進む暗く鬱蒼とした雰囲気まで、「森」が内包する幅広いイメージにヒグチさんの作品世界を重ねたそう。 たとえば展覧会の前半は、台湾でも人気のディズニーやポケモン、モスバーガーといったブランド・企業への提供作品が展示されるなど、親しみのあるコミッションワークが来場者をお出迎え。展示の導入(“森の入口”)に相応しく、壁面には明るい緑色が採用され、装飾のグラフィックも赤や黄色の花が咲き乱れる開放的な空間が印象的です。 日本的なモチーフを集めた和のコーナーには、琳派の代名詞ともいえる《風神雷神図屛風》を模した《猫風神雷神図》のほか、伊藤若冲の「雄鶏図」シリーズに着想を得た《ギュスターヴ雄鶏図》など、日本美術へのオマージュがちりばめられた作品も見受けられます。 『せかいいちのねこ』シリーズ(白泉社)など、ヒグチさんがこれまで手がけた絵本や作品集、装画・挿画のしごとを集めたコーナーにさしかかると、徐々に展示室はダークグリーンの落ち着いた雰囲気に。同時に、ヒグチさんの頭の中に広がる膨大な空想世界から現れた個性あふれる奇々怪々なキャラクターたちが顔をのぞかせます。なかでもヒグチさんが「自分の分身」とも語る、人気絵本『ギュスターヴくん』(白泉社)に登場する、猫の頭にワニの手、タコの足をもった不思議な生き物・ギュスターヴくんは必見。絵本にも描かれる「いたずら好き」な性格が展示室内にもあふれ出しています。 いよいよ展示室は入り組んだ壁と暗い色調で抑えられた空間へと抜けていきます。壁面いっぱいに覆われた作品と装飾は、さながら樹海を彷徨うような体験です。これ以上先に進むと、もう二度と帰れないかもしれない……森の中で方角を失ったような不安と心地よさに襲われながら、足は自然と奥へ奥へ……。 そんななか異彩を放っているのが、台湾展のために特別に描き下ろされたメインビジュアルたち。「奇幻動物森林」の展覧会名に相応しく、鬱蒼とした森の中にたたずむ少女と、それを取り巻く台湾固有の動物や植物が印象的。どこまでも近くに寄ってみたくなる、そんな魔力に吸い寄せられます。 森の最深部には、ヒグチさんの真骨頂であるダークで怖い“ホラー”のシリーズが並びます。自費出版で装丁や中身にこだわり抜いた画集『Fear』(ボリス文庫)の原画をはじめ、映画好きでも知られるヒグチさんがこれまでに手がけたホラー映画などへのオマージュ作品の数々が、ほの暗い空間にぎっしりと並びます。 注目はその中心に据えられた9体のランプ。ヴィンテージのトルソーにペン入れを施したこれらの立体作品は、ぬいぐるみ作家・今井昌代さんとの共作でもあります。胸部をくりぬかれたトルソーの空洞に吊された心臓にどきり。 今井さんとの共作はランプだけではありません。ふたりの大好きな映画の有名なシーンをイメージした共作品や、立体になったギュスターヴくん、さらにはそのギュスターヴくんのコマ撮りアニメ(制作ドワーフ)など、多次元展開するヒグチさんの世界をともに作り上げている今井さんの作品にも注目です。 展示室の終盤は、数々の映画のオマージュ作品をもとにグラフィックデザイナーの大島依提亜さんが手がけたオルタナティブポスターが並ぶ回廊が続きます。紙と印刷にこだわった特別なポスター作品は、大島さんのデザインとの相乗効果でいっそう映画の雰囲気を引き立てます。