今年の上海国際映画祭を振り返る 作家性の強い日本映画に反響、メジャー映画には危機感【アジア映画コラム】
北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数280万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”、そしてアジア映画関連の話題を語ってもらいます! 【フォトギャラリー】上海国際映画祭の様子 8月30日、山田尚子監督の最新作「きみの色」が日本国内で公開されました。 本作は、今年6月上旬にアヌシー国際アニメーション映画祭2024でワールドプレミアを迎え、6月下旬には上海国際映画祭の金爵賞(コンペティション)アニメーション部門でアジアプレミア上映を行っています。その際は、山田監督、企画・プロデュースの川村元気氏が登壇。数日後、金爵賞アニメーション部門の最優秀作品賞を受賞しています。 受賞時、私の近くには山田監督が座っていました。彼女の喜びの笑顔は、今でも鮮明に覚えています。 日本映画は、熊切和嘉監督の「658km、陽子の旅」の3冠に続き、2年連続で上海国際映画祭で受賞を果たすことになりました。 金爵賞アニメーション部門での受賞は、日本作品としては、湯浅政明監督作「きみと、波にのれたら」以来、5年ぶりの快挙となりました。 振り返ってみると、昨年の上海国際映画祭は、コロナ明け初の開催でした。当時はコロナの影響がまだ残っていたので、特に海外ゲストの渡航などで、非常に困難が生じていました。 今年は“完全復活”となり、コンペティション部門の審査員長トラン・アン・ユンをはじめ、多くの映画人が海外から映画祭に現地参加。期間中は、各会場が非常に盛り上がっていました。 ということで、今回は今年の上海国際映画祭のデータ、上海国際映画祭における日本映画の反響と現状について書かせていただきます。 まずは、今年の上海国際映画祭のデータから見てみましょう。上映作品本数は、461作品。それらが47館の映画館で合計1636回も上映されています。合計動員人数は延べ49.5万人となっており、その中の約3割は上海以外のエリアから参加した映画ファンです。これは“コロナ前”の数字と比べてみても遜色ない値です。 また、SNS上のトレンド入りは100回以上を達成。関連PV数も12億回を超えており、映画祭期間中の注目度は非常に高かったんです。 日本映画に関しては、新作・旧作を含め、合計57本の作品が上映されました。その中で、約10作品のゲストが現地で映画祭の観客と交流を行いました。 改めて、日本映画関連のイベントを振り返ってみると、日中間の映画交流はもっともっとやるべきだと実感しました。 上海国際映画祭などの中国における国際映画祭では、毎年多くの日本映画が上映され、現地の観客が非常に盛り上がっています。ですが、その盛況がなかなか日本国内には届いていないと思っています。 実際現地に参加した日本人監督と話してみると「私の映画はこんなに中国で知られているんですか」「日本映画はこんなに中国で人気なのか」「自分の作品がこんなに大きな劇場で上映され、しかも満席とは……非常に楽しかった」と驚きと喜びの声を聞くことができました。 アジア新人賞部門の審査員として、現地入りした足立紳さんは、映画祭のメイン会場(=約1000席)で観客とともに「百円の恋」を鑑賞しています。10年前の作品にもかかわらず、チケットは発売直後、すぐ売り切れました。 今年の旧正月には「百円の恋」の中国リメイク版「YOLO 百元の恋」が中国でメガヒットし、約700億円の興行収入を記録しました。観客のなかには、「YOLO 百元の恋」を見て“オリジナル版の「百円の恋」を見たい”と考えた方もいれば、“「百円の恋」が大好きで、大スクリーンでもう一度見たい”と感じたという観客もいました。 上映後のイベントも大盛況。ちなみに、足立さんは今回の映画祭の体験に関して、下記の日記を書いたので、宜しければ、ぜひご一読ください。 https://getnavi.jp/life/976074/ そして、現在、中国の映画ファンに「最も好きな日本人映画監督は?」と聞いたら、多くの人が「三宅唱」と答えるでしょう。 中国で絶大な人気を誇る三宅唱監督は、最新作「夜明けのすべて」を引っさげて、2年連続で上海国際映画祭に現地入り。昨年の「ケイコ 目を澄ませて」に続き、「夜明けのすべて」も早い段階で中国プレミアは行われています。4月の北京国際映画祭で中国初披露された時は、観客の評価が非常に高く、最優秀芸術貢献賞も受賞。その後、中国の配給も決まりました。 2カ月も経たず、再び中国にやってきた三宅監督は、「夜明けのすべて」の上海プレミアで“上海語で挨拶”。会場が一気に盛り上がりました。また、映画祭期間中には、昨年中国初の“三宅唱監督特集”を企画した俳優・キュレーターの薛旭春と彼のチームが、三宅映画の常連・ヒップホップミュージシャンHi'Specのライブを特別企画。6月20日深夜の上海にて、Hi'Spec、三宅監督、映画関係者、中国の映画ファンが集まっていて、忘れられることができない“特別な夜”を一緒に過ごしていました。 ところが、日本映画に関しては、良いニュースだけではありません。 今年の上海国際映画祭のチケット販売状況を見ると、少し危機感を感じています。数年前であれば、メジャーであろうか、インディーズであろうか、上海国際映画祭で上映される日本映画であれば、どの作品でも「チケット売り切れ」が当たり前でした。しかし、昨年からその状況が変わりつつあります。 中国の観客の“日本映画に対する好奇心”は、ここ2、3年で少し弱くなっているのかなと思っています。特にメジャーの商業映画に関して、昨年から売れ行きが鈍化。以前は売り切れるような作品でも、最終的には完売とはならないことが増えてきています。そして、今年は、その傾向がさらに強くなったと感じました。 メジャーの日本映画は、どんなに有名な俳優が出ていても、なかなか話題にならず、最終的には空席が目立つ状況に。おそらくメジャーな日本映画に対しての“新鮮味が薄れている”のではないでしょうか。さらに言えば、日本のメジャー映画は、全世界の映画業界の傾向と比べると、少しズレが生じているようにも感じています。 その一方で、作家性の強い日本映画は、非常に反響が良かったんです。今年生誕100周年となった増村保造監督は、上海国際映画祭初の特集上映を実施。これまでなかなか紹介される機会が少なかった増村監督は、今回の映画祭特集で非常に話題となり、上映本数6作品の“合計20回以上の上映”が、ほぼ毎回満席となり、観客からも高評価の声があがっていました。今後中華圏における増村監督への注目度は、ますます上がるに違いないでしょう。 そして、山中瑶子監督の最新作「ナミビアの砂漠」も上海国際映画祭でアジアプレミア。中国の映画評論家から絶賛されていますし、山中監督は間違いなく、今後アジアで最も注目される新鋭監督になるはずです。 また、前田哲監督の「九十歳。何がめでたい」は観客から非常に支持されており、今回の上海国際映画祭における新作日本映画の中で“最も評価された1本”となりました。これからの中国でも高齢化問題、高齢者の生活に目を向けないといけないということで、共感の声が多かったのだと言われています。 コンペティション部門に入った呉美保監督の最新作「ぼくが生きてる、ふたつの世界」は、残念ながら受賞には至りませんでしたが、マスコミの評判も、観客の評判も良く、コンペティション部門作品の中で最も良質な口コミが集まった作品でした。 第94回アカデミー賞作品賞などを受賞した「コーダ あいのうた」と同じようなテーマを有していますが、非常に東アジア的な描き方となっており、中国の観客から「静かに泣ける映画」「穏やかな裏に、目に見えないパワフルさを感じている」などかなりの高評価となっています。ちなみに、中国での配給も決定。今後は中国での公開も期待されています。 まだまだ、上海国際映画祭における日本映画関連のエピソードが山ほどあります。 例えば、アジア新人賞20周年のイベントでは、2015年・上海国際映画祭において、監督作「0.5ミリ」がアジア新人賞で最優秀監督賞を受賞した安藤桃子監督が現地参加。20周年の特別賞品が授与され、「0.5ミリ」の上映イベントにも出席し、上映後に約200名の観客と交流しています。今年のアジア新人賞に入選を果たした、北京電影学院首席卒業の伊地知拓郎監督作「郷」も大きな話題に。映画祭でのイベントはもちろん、映画祭と並行して、ほかの上映イベントが開催され、非常に注目されている1本となっています。 近年、日中の映画交流はあまり順調に進んでいないように思えるので、今年の上海国際映画祭に参加してみると、改めて“映画祭の重要性”を強く感じました。「YOLO 百元の恋」のような奇跡的事例は、決して夢ではありません。日本と中国の映画業界の交流が、更に深まっていけば、さまざまな可能性があるはずです。