映画『熱のあとに』橋本愛がおもんじる他者との距離感
恋人を殺めかけた過去を持つ主人公を軸に、3人の男女の人生が交錯していくさまを描いた映画『熱のあとに』(2月2日公開)。2019年の“新宿ホスト殺人未遂事件”にインスパイアされた本作で、誰からも理解されない愛を貫く主人公・沙苗を演じた橋本愛さんは、撮影を通して、世界が反転する感覚を味わったという。人とわかりあえないのだとすれば、どう対峙すればいいのか。そんなことを話すうち、橋本さんのしなやかな強さが垣間見えた。 【記事中の画像をすべて見る】
──本作の主人公の沙苗について、山本英監督は最初から橋本さんに演じてもらうことを決めていたとおっしゃっていました。どのようにオファーがあったのでしょうか? 最初は、監督からお手紙をいただきました。当時はまだプロデューサーも製作も決まっていなくて、それほど初期の段階からお声がけいただいたのは初めてのことで。嬉しかったですし、脚本を読んで、長い間やりたいと願っていた作品に巡り合えたと思いました。 ──やりたかったのは、どのような作品でしたか? 10年くらい前からうっすら、“狂った役”をやりたいなと思っていて。映画の中でしか許されないからこそ、何かを壊したり、突き破ったりしてみたいとずっと夢見ていたんです。今回の沙苗なら、それが叶うだろうなと感じました。 ──沙苗は愛した男性を殺めかけた過去を持ち、お見合い相手の健太(仲野太賀)と暮らし始めてからも、どこか過去にとらわれている人物です。2019年に起きた“新宿ホスト殺人未遂事件”に着想を得て作られた物語でしたが、どのように役に近づいていきましたか? 撮影前に行った、本読みのスタイルが特徴的で。セリフに感情を込めて読むのではなく、「ただ音読してください」と監督に言われ、まずは言葉を自分の中に落とし込んでいく時間があったんです。ほかにも、この映画では描かれていない沙苗の裁判の議事録や、服役してから健太と出会うまでのエピソードなどを脚本のイ・ナウォンさんが書いてくださっていて、それらも音読しました。沙苗を演じる上ですごく大事な時間でした。 今回は“声”のほかに、“身体性”も重要だったと思います。というのは、撮影現場で監督から受けた演出において、役の内面や気持ちに対しての指示のほかに、「こう動いてください」みたいな、身体の具体的な状態をリクエストされることも多かったんです。 ──身体の状態、ですか。 シンプルな動作にも、監督は神経を研ぎ澄ませていた気がします。街を歩くシーン一つとっても、「もうちょっとこっち側を通ってください」とか、「さっきより速度を落として歩いてください」というような細かい演出を受けながら、いろいろなルートや異なるスピードで何回も歩きました。 きっと監督の中には、針の穴に糸を通すようなストライクゾーンがあって、そこにはまる瞬間を待っているんだろうなって。そこに近づくために、「さっきよりもゆっくり歩くには、ここの筋肉をより硬直させてみよう」とか、身体のシステムを調整することに集中していました。 ──アスリートみたいですね。その緊張感が、沙苗という役にうまく作用したのでは? はい。沙苗が精神科医の先生に声を荒らげるシーンがあるんですが、そこも監督から「発声がよすぎるから、もう少し力のこもってない感じで」と言われて。息の分量や声の震えをより意識しながら演じました。 沙苗は自己主張が強いけど、相手にそれを届けようというより、自分の世界の中にただ言葉を落とすように話す人なのかなととらえていました。内面の気持ちの強さと、アウトプットするエネルギーの量がちぐはぐしているというか。